一人を生きる -希望の彼方に-

スピリチュアルな観点から、一人をどう生きるかを語るブログです。                                               地球の激動期にあたる現代に、3次元と5次元のはざまで孤軍奮闘する方々に、真実探求と役立つ情報を、希望とともにお届けします。                 スターシードの自覚がある方、UFOや超常現象に興味のある方、自然界や芸術に癒されたい方、大歓迎です!

スポンサーリンク

【世にも美しい波動の上がる音楽 4】 音楽の父、J.S.バッハの聴きやすい音楽 BEST5!!









 

 

 

【世にも美しい波動の上がる音楽 4】 音楽の父、J.S.バッハの聴きやすい音楽 BEST5!!

 

 

 

 

 

 

 

◆音楽の父、ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)◆

 

 

 「バッハの音楽は堅苦しい(だろう)・・・」

 

と、先入観で固まっていませんか?

 

 

 みなさんは、ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の音楽では、まっさきに何を思い浮かべますか?

 

 

 昭和世代の方は、迷わず「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」を推薦するでしょう。

 

 

 また、かつて実在した、終日(ひねもす)、バッハの音楽ばかりをかけまくる「名曲喫茶」に足しげく通われた方であれば、キリストの受難の物語を描いた「マタイ受難曲 BWV244」や「ミサ曲 ロ短調BWV232」を思い浮かべるはずです。なつかしいですね?

 

 

 しかし、時代は変わります。生真面目で深刻好きな戦前戦中は過ぎ去り、もう、そんなことはありません。その時代その時代に似つかわしい音楽というのが、いつの時代にもあるものです。

 

 

 アセンションが決まって、迎えのUFOを待っているわれわれにすると、もっと今風の音楽はないものかと、考え込んでしまいそうです。

 

 

 

 

 

 

 

J.S.バッハの生涯を概観する

 

 ある人の生涯を語るとき、どんな視点で語るかが重要となります。

 

 なかなか、客観的に描くのは難しい人物伝ですが、究極には書き手の視点が反映されます。

 

 書き手、つまり、サイト管理者であるわたしが、ある人をこのように評している、という側面からしか、ある人を描くことしかできないのです。

 

 

 当人でさえ、自己評価が高すぎたり低すぎる場合が多く、ましてや第三者から客観的にある人物を語るというのは、事実上、人間の力では到達不能であるような気もしてきます。

 

 

 そのような限界性を持つわたしたちですが、それでもなお、だれかについて語りたいという衝動をいだき、熱く語る情熱を秘めているものです。

 

 

 

 以下は、あくまでも、わたしからみた、ヨハン・セバスティアン・バッハの生涯の概観となります。ほかの視点は、それこそ、人の数と同数に存在すると思います。たとえば、100人いたら、100通りのバッハ像が誕生するというように。

 

 

 前置きが長くなりました。

 

 さっそく、わたしなりに、概観してみましょう。

 

 

 

1685年(バッハ 0歳)

 

 ヨハン・セバスティアン・バッハの誕生は、現在のドイツの、アイゼナハという都市でした。

 

 誕生日は、西暦1685年3月21日でした。

 

 バッハ一族は音楽一族と呼ばれ、当時から有名で、その家系にヨハン・セバスティアン・バッハが生まれたのでした。

 

 

 

1694~1695年(9~10歳)

 

 この両年、あいついで、母と父を失います。長兄のヨハン・クリストフ・バッハが、幼いセバスティアン・バッハ(当時9~10歳)の世話をすることになりました。

 

 医療がほとんど医療のていをなしていなかった当時の科学水準からすれば、このように、幼くして両親を失うというケースは、けっして珍しくはなかったでしょう。

 

 しかし、音楽のセンスだけはしっかりと両親から受け継ぎ、早々に才能を花咲かせます。

 

 

 

1703年(18歳) 

 

 アルンシュタット新教会のオルガン奏者の職につきます。

 

 気に入った女性を突然、女人禁制だった歌唱団に飛び入りで入れて、音楽監督官にヤキを入れられるなど、人間的にお茶目な面もあった若き日のバッハ。

 

 

 また、当初、1ヶ月間の休暇旅行のプランを、あまりにも居心地がよかったために、3ヵ月も許可なく延長しておきながら涼しい顔で帰って来るなど、またも上官からヤキを入れられるという、現代を生きるわれわれとさして変わらない側面もみせていた彼の青年時代でした。

 

 

 いかめしい肖像画からは想像もつきませんが、そのような事実は、むしろバッハをより身近に感じさせてくれる、ほほえましいエピソードですね?

 

 

 

1707年(22歳)

 

 マリア・バルバラという女性を結婚しました。

 

 最初の結婚です。

 

 これも、現在の晩婚化、非婚化と比べると、信じられないほど早いスピード婚ですね。平均寿命が極端に短かった時代でしたから、おのずと結婚も早くなって当然でしょうか。

 

 

 

1708年(23歳)

 

 ヴァイマール宮廷のオルガン奏者としてのキャリアを開始。

 

 ここで、幾多のオルガン名曲が誕生することになります。教会での演奏用のカンタータ曲を月イチのノルマとされたゆえ、後世に傑作が残ることにもなりました。

 

 

 

 

 

 

1717年(32歳)

 

 バッハは、ここで、ケーテンの宮廷に就職しようとします。それは、ずっとひそかにヴァイマール宮廷の楽長のポストを狙っていたバッハでしたが、老楽長の死後、その息子が後継者に就くのをまのあたりにしたからです。時代を遡っても、二世が世襲するのは、どこかの国会議員と同じですね?

 

 しかし、ヴァイマールを無念のうちに去ってケーテンにまで来たものの、その地の領主のセンスでは、「複雑な音楽は無用、簡潔で短いのが一番」とする解釈がバッハの趣味に合わず、ふたたび、転職の準備を始めます。

 

 そんな恵まれない境遇にありながらも、作曲の研究にいそしんでいたバッハでした。

 

 

 

1720年(35歳)

 

 ケーテンの権力筋の音楽的嗜好が、バッハの主義に合わずに苦しんだため、ハンブルクの教会の職に応募するも、そこでも妨害に遭います。

 

 教会に多額の寄付を直前に行なった大富豪の息子が、バッハをしのいで採用されることになったのでした。これも、縁故採用のはびこる文化は、残念ながら、なにも現代日本だけではないことが判明します。

 

 

 しかしながら、苦境にあえぎながらも必死に音楽作品を遺していったのはさすがです。

 

 

 

1721年(36歳)

 

 最初の妻が病気で死亡したため、1721年に、バッハは再婚します。

 

 これも当時としては、前妻への裏切り行為などではなく、家事育児を切り盛りしてくれる人手がいなければやりくりできない、当時の社会的な事情のためであり、前妻の死後すぐに再婚するのは、道義的に考えても何ら問題ない所業でした。

 

 

 

1723年(38歳)

 

 ライプチヒの音楽監督に就任し、ここで、ようやく比較的安定した時期を過ごします。この間に、傑作と呼ばれる「マタイ受難曲」などの大作も数多く残されることになりました。

 

 

 



 

1737年~(52歳~)

 

 しかし、さしもの「大バッハ」と呼ばれる音楽の祖といえる存在でも、落ち目はやって来ました。

 

 

 やがて時代は移ろい、新進気鋭の若手音楽家たちが有名な雑誌誌上で、バッハに対する公式な批判を行なうようになります。

 

 

「無駄に複雑怪奇な音作りに血眼になっているだけで、もっとすがすがしい自然な人間の感情が音楽の上に流れるのを阻害している。時代遅れの音楽である。」

 

などと言われるようになり、世間も、有力で勢いのある若手の弁論に押され、一般的な見解として、世間に定着していくのでした。

 

 

 このように、どんな人物にも栄光の終焉は、悲しいかな、やって来るものです。

 

 かのバッハでさえ、このありさまです。

 

 しかし、子だくさん、優秀な音楽家を多数輩出するバッハ家でしたし、何よりも、音楽の教則本的な存在として、のちのすべての音楽の基礎を打ちたてる偉業をなした功績は、だれもが認めるところでしょう。

 

 

 

 ちなみに、時代はあとになりますが、モーツァルトの晩年も、そうでした。

 

 予約コンサートの券が売れ残り、席もガラガラでは興行主が開催不能と判断して、幾度となく取り消しとなりました。そのため、結果的に死の数年前となる30代に入ってから、フリーランス状態だったモーツァルトは、ベルリンなどに就職活動の旅に馬車で出かけなくてはならないありさまでした。

 

 

 現在では、レコード会社や愛好家が、どれだけモーツァルトの音楽から恩恵を受けていることか、計り知れないのに、当のモーツァルトの生前、とくに晩年(30代前半)になると、人気の急落が始まり、経済的にも苦境を迎えています。

 

 

 われわれからすると、「天才」と呼ばれた人物の生涯が、そんなにすさんだものだとはにわかには信じられませんが、それが残酷な現実だったのでした。

 

 

 バッハのほうがモーツァルトよりも生きた時代としては先でしたが、どんなに時代の寵児としてもてはやされても、栄枯盛衰は、だれにでも訪れるというわけでした。

 

 

 

 

 

 老バッハは、もはや若手音楽家に対抗しようとはしませんでした。

 

 それよりはむしろ、自分が育んできた音楽の豊かな土壌を、教則本のような形で、後世を生きる人たちのために遺そうと決意するのでした。

 

 

 「フーガの技法」「ゴルトベルク変奏曲」「音楽の捧げ物」などを仕上げ、これが、のちのモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスら偉大な音楽家たちの基礎をなす聖典となったのは誰もが認めるところです。

 

 

 晩年を自覚したバッハは、台頭しつつある若い同業者(音楽関係者)たちと競うよりも、自身の子孫や、音楽の道を歩む者のために音楽理論を仕上げようとして、その役目を終えていくのでした。

 

 



 

1750年(65歳)

 

 60代に入ると、視力が落ちる眼の病気にかかったバッハは、イギリスの執刀医を選びます。

 

 しかし、当時の眼科手術の技量からして成功の見込みは少なかったといわれています。その不安は現実のものとなり、眼の手術後に、かえって眼はおろか全身の健康状態が悪化し、健康を著しく損ねてしまいます。

 

 

 手術から半年も経たないうちに、帰らぬ人となりました。ここに、ヨハン・セバスティアン・バッハの生涯は、65年で幕を下ろすことになったのでした。

 

 

 

 しかし、死後に名声はやって来るものです。ありとあらゆる音楽の基礎理論は、ヨハン・セバスティアン・バッハが生み出したといわれるようになります。

 

 

 

 

 

 ヨハン・セバスティアン・バッハの生涯とは、だいたい、そのように過ぎていきました。おおまかなイメージは湧いてきたでしょうか?

 

 音楽室に飾ってある、重厚な印象を受ける肖像画よりも、はるかに人間・バッハらしくて好印象を持たれたのではないでしょうか?

 

 

※ちなみに、ヨハン・セバスティアン・バッハの作品のあとに表記されている「BWV」とは、「ヨハン・セバスティアン・バッハの音楽作品の番号」といった意味です。

 

 

 分解すると、

 

B = バッハの頭文字のB(ドイツ語)

W = ドイツ語で「作品」を表す単語の頭文字

V = ドイツで「番号」を表す単語の頭文字

 

 

という構成です。そのまんまですね?

 

 

 読み方は、これもそのまま「ビー・ダブリュー・ヴイ」と発音します。

 

 

 曲のタイトルを思い出せないときでも、この「BWV=バッハ作品番号」さえ思い出せれば、調べるさいの便利さが発揮されるでしょう。この「BWV」については、覚えておいて損はないと思います。

 

 

 

 

 

 そこで、今回は、ヨハン・セバスティアン・バッハの作曲した音楽のうち、BEST5に輝いた作品をご紹介しましょう。

 

 

 ちなみに、ここでいうBEST5は、わたしが入念に瞑想状態で導き出したもので、ある意味、ハイヤーセルフ(高次の自己)からの通知かもしれません。

 

 

 いきなり、非キリスト教圏の人間が、いくら傑作の誉れ高い作品とはいえども、J.S.バッハの「マタイ受難曲」や「ミサ曲 ロ短調」を聴くと、かえって、バロック音楽やクラシック音楽に拒絶反応を起こしかねません。演奏時間も、長いものでは、1時間30分をゆうに超えます。さすがに、最初からそれを聴くのは回避したほうがよいでしょう。

 

 

 5分程度、または、5分以内で聴ける作品から入るのが普通です。

 

 

 

 じつは、10代前半だったわたしも、そうでした。そして、そのうちに「いい曲だけど、短くて、すぐ終わってしまう。せっかく浮かんできた感情に浸る前に終わるので、もう少し長めの音楽がいい。」と思うときが必ず自然にやって来ます。なので、規模の大きい作品に挑戦するのは、それからにしたほうがよいと思われるのです。

 

 

 

 では、そろそろ、行ってみましょう!!

 

 音楽の父、ヨハン・セバスティアン・バッハの聴きやすい音楽作品、BEST5!!

 

 

 それは、これです。

 

 

 

★「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」BWV645

 

 

 これは、1731年のバッハ自身の作品から、オルガン曲に編曲された作品です。

 

 編曲は、1746年、バッハ61歳のころでした。

 

 クリスチャンのいう空中携挙のイメージでしょうか。キリストが真夜中に空から降りてきて、姿を現し、選ばれし善良なる者(クリスチャン)を生きたまま天に導くという場面を描いた曲です。

 

 

 キリストが、信者に「真夜中ではあるが、目を覚まして、わたしとともに天界に昇ろう」とやさしく語りかける聖書の記述にちなんでバッハがオルガン曲にしました。重苦しくなく、昭和の時代から、カフェでジャズに編曲されたものがよく流れていたほど、なじみやすい旋律です。

 

 

 

 音楽の演奏時間も、3分程度と短く、バッハを初めて聴かれる方にも最適です。

 

 

 ちなみに、わたしは無宗教なので、上記の説明を元に、アセンションに入ってきたわけではありませんので、誤解の無いようにお願いします。

 

 しかし、音楽としては、親しみやすく、こんな感じで(宗教の場面とは無関係に)気軽に天界にたどり着けるのであれば、だれもが幸せですね。ちょうど、医療にたとえると、局所麻酔をして日帰り手術をして、痛かった箇所がうそのように快癒していた、そんな気分にさせてくれる音楽です(かえって比喩がわかりづらい?!)。

 

 

 さすがは、バッハです。

 

 オムニバス版では、かつては「親しみやすいバッハ」などと銘打って、CDなどに収録されていました。

 

 

 

 

 Amazonプライムミュージックでのおすすめは、これです。

 

 

★オルガン独奏版 

 

 「BWV645」と検索入力し、「ヴォルフガング・リュプサム」という演奏家を選んでください。

 

 演奏時間 4分48秒

 

 

 

★ジャズ編曲版

 

 これは、時期によって、あったり、なくなっていたりしますが、もしあった場合は、どれでもよいので、一聴してみてください。

 

 演奏時間 5分程度

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主よ、われらは、ここにいます」BWV633

 

 

 オルガン小曲集という作品集のなかの一曲です。

 

 ショパンにおけるピアノ練習曲の位置づけで、オルガン奏者における練習曲として、バッハが1713~1716年のあいだに作曲したものです。

 

 

 これは、軽快であるよりは温和な楽想であり、心安らぐオルガンの響きに身を委ねているうちに、あっという間に演奏が終わってしまうというものです。

 

 

 堅苦しく難解な音楽という固定観念を打破する手助けをしてくれる、貴重な小品として、重宝されると思います。

 

 

 「これがバッハ?!」

 

 「なんとやさしい音調だろう。まるでモーツァルトのようだ。」

 

 

 きっと、そんな感想を持つこと請け合いです。よい意味で拍子抜けしそうですね?

 

 

 

 じつは、この曲には、2つの微妙に異なる稿が存在し、それを連続演奏するバージョンもあります。1曲が短いので、連続して奏する版をご紹介します。

 

 

 

 Amazonプライムミュージックでよいと思われるのは、これです。

 

 

★「BWV633」と、作品番号だけを検索窓に入力します。

 

 「オルガン小曲集「最愛なるイエス・・・」と曲名が表示されたあとに、「Wolfgang Stockmeier」という表記で出てくるオルガニスト(オルガン奏者)を選んでください。

 

 こちらは、2つの稿が、少し間を置いて、連続演奏される版です。

 

 

 演奏時間 3分54秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羊は安らかに草を食(は)み」BWV208

 

 

 昭和の時代に、あさ6時から、バロック音楽のラジオ番組が流れていました。

 

 そのときのオープニングテーマ曲として、毎朝(月~金)にかかっていたので、昭和生まれの方であれば、「なつかしい!!」「これがバッハだったのか!!」と思われることでしょう。

 

 

 バッハが、1713年、ザクセン=ヴァイセンフェルス公クリスティアンの誕生日の祝典用に作曲したカンタータ音楽です。このカンタータ作品の、第9曲目に当たるのが、ここでご紹介している曲になります。

 

 

 フルート(=当時はブロックフレーテと呼ばれ、リコーダーに近い音色がする)とオーボエの可愛らしい楽想が、羊の群れを連想させます。

 

 ここでの「羊」とは、ドイツの国民を表しており、よき君主(=羊飼い)が統治する世は、国民(=羊)も静かに安心して暮らせるのだ、という場面での音楽です。

 

 

 

 ヴァイオリン群と木管楽器の掛け合いがくり返されるうちに、穏やかに終わりを告げる佳作といえる作品です。

 

 

 あえて言うならば、「メルヘンティックな(童話の世界を漂うような)バッハ」といった趣でしょうか。

 

 

 Amazonプライムミュージックでは、次に紹介する演奏が、一番爽やかなテンポを採用しています。好みもありますが、録音状態もよく、特に木管奏者(フルート、オーボエ)のうまさが際立っているのが特徴となっています。

 

 

★「BWV208」と入力します。

 

 「羊は安らかに草を食(は)み」と、曲のタイトルが示され、「Richard Hayman Symphony Orchestra」というのを選びます。

 

 録音状態も、フルート、オーボエが前面に出ていて、旋律を聴き取りやすい演奏に仕上げられています。

 

 

 演奏時間 5分14秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シチリアーノ ト短調」

 

 

 元は、「フルートとチェンバロのためのソナタ 変ホ長調 BWV1031」でした。

 

 が、第2楽章の「シチリアーノ ト短調」だけが有名になり、オーケストラ用に編曲されて個別に取り上げられる機会が多いものです。原曲は、1734年に作曲されました。

 

 

 「シチリアーノ」とは、シチリアの舞曲の一種で、もの悲しい旋律で始まります。シチリアーノ風の音楽の出だしはだいだい似ています。たとえば、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調(1786年に作曲)でも、第2楽章において、命名こそされていませんが、実質、シチリアーノ風の旋律で開始されるのです。

 

 

 オムニバス版では、よく「悲しいときの気持ちを和らげてくれる音楽」というコンセプトの版に収録されることが多い曲です。

 

 このように、物憂げに響く「シチリアーノ」と呼ばれる曲想は、18世紀にひろく流行した音楽形式だったのでしょう。

 

 

 

 Amazonプライムミュージックでのおすすめとして、

 

★原曲版では、「バッハ シチリアーノ」と検索窓の入力し、日本のフルート奏者である有田正広さんの演奏を聴いてみてください。原曲に忠実な演奏で、チェンバロの伴奏の上に、愁いを含んでほのかに甘美さを漂わせるフルートが哀歌を奏でていきます。

 

 演奏時間 2分14秒

 

 

 

★編曲版では「バッハ シチリアーノ」と入力して、「2002 ストリングス オーケストラ」という団体を選んでみましょう。

 

 こちらは、原曲のフルートとチェンバロではなく、弦楽器と管楽器の、フル=オーケストラでの演奏といった趣ですが、それでいて騒々しさはなく、原曲の落ち着きをそのままに、コンパクトにまとまっていて、たいへん心地よく聴こえてきます。

 

 演奏時間 2分34秒

 

 

 

 

 

 

 

「G線上のアリア」

 

 

 この音楽も、だれもがどこかで聴いたことのある曲にちがいありません。

 

 

 「管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068」の第2曲目、「エア」こそが、後世で、「G線上のアリア」として人気を博する曲なのです。1722年に作曲されました。

 

 

 ヴァイオリンの弦のひとつである「G線」で奏させる音で、主旋律が組まれていることに由来して、「G線上のアリア」と単体で演奏するときには呼ばれます。ですが、バッハ自身がそう名付けたわけではありません。

 

 

 しっとりとした落ち着いた音感から、いかにも波動が上がりそうな予感がします。

 

 冷静で知的、かつ、温かい人間的な感情が短い音楽に凝縮され切った、とてもすてきな作品ですので、ぜひ、ご鑑賞ください。

 

 ロマン的な感情より、普遍的な感情がさりげなく表出しているのが、バロック音楽の特徴です。聴き込んでいくほど、素朴な表現の中に発見があります。

 

 

 こちらも、形容表現をあえて用いますと、「クールでさわやかなバッハ」といったところです。

 

 

 

 Amazonプライムミュージックでは、次のご紹介するのがダントツでしょう。

 

 

★「G線上のアリア」と検索で入力後、「Kölner Kammer Orchester」という水色のジャケット表示の演奏です。 

 

 チェンバロの音が心地よい。チェンバロの欠けた版では、甘ったるい感じがして、全体の統一感が出てきません。ですので、これから先に聴くようおすすめしたいと思います。最もよく、バッハの原曲を活かしながらの演奏と言えるからです。

 

 演奏時間 4分49秒

 

 

 

 

 

 

【重要】

 Amazonプライムミュージックは、西暦2022年11月より、これまでの通常コースでは、好きな曲を聴けなくなりました。一段上のアンリミテッド(unlimited)というコースに変更しない場合、たとえば、表示されたアルバムの3曲目を聴きたい、として3曲目を指定しても、自動でシャッフルされた曲の1曲目からしか、聴けなくなったのです。ただし、数パーセントのみ、選べるとされますが、99パーセント近くは、表示された曲から順に、連続演奏されるとのことです。聴きたい曲を選べないのは、耐えがたいですね。

 

 これは、実質的な値上げのようなもので、年額にすると、これまで1年あたり4,980円だったのが、月額880円ということで、約2倍になったわけです。が、その代わりに、200万曲から1億曲(!)と、聴くことができる曲の数が、大幅に増えました。

 

 音楽を愛する者としては、それでも、昔のCDが1枚で約3,000円でしたから、それを3枚ほど買う金額を1年間に支払って、1億曲が聴き放題で、なおかつ、映像作品も観られるわけで、値上げといっても、ふつうにCDやDVDを購入するよりは、遙かにお買い得です。

 

 当サイトで扱う音楽記事で取り上げる曲についても、通常のコースでは聴けなくなりましたので、ここに記しましたとおり、有料のアンリミテッド(unlimited)というコースを指定し、Amazonのトップ画面から専用のアプリをダウンロードして、聴ける環境を整えてください。よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

スターシード・インディゴ・クリスタル・レインボーチルドレン向けコラム☆彡
 

 

 クラシック音楽の愛好家としては、バッハの音楽は魅力的とは言い難い面があります。

 

 しかし、偉大なその後登場することになる作曲家たちのほとんどは、バッハの音楽から和声法や対位法を学びました。モーツァルトやベートーヴェンも、バッハに敬意を表してやみませんでしたから、いかに音楽技法を身に付けるためには偉大な存在だったかがわかります。

 

 今回は、作曲家や演奏家には評価は高くても、一般愛好家には、少し近づきにくい印象が強い、ヨハン・セバスティアン・バッハの音楽から、なじみやすい曲ばかりを5曲に厳選して、ご紹介してきました。

 

 

 ここから、クラシック音楽に入り、音の宝石箱をひっくり返して、3次元最後の日々をきらびやかに飾る人生をスタートさせてほしいとの願いを込めて、今回の記事を書くことに決めました。

 

 

 

 アセンションまで、ただ待つのもナンセンスです。

 

 闇の最後の無駄な計画を進行するのを観ているだけなのも、これまたナンセンスの極み。

 

 

 ここは、音楽の父と呼ばれるバッハから始めて、波動の上がりそうな音楽の多いクラシック音楽にめざめ、残りの日々を有意義に過ごしてください。

 

 

 

 わたしも、10代前半で、クラシック音楽を聴き始めて数十年の歳月が流れましたが、やはり、いいものはいつの時代にもいい、そう思えるよさが、クラシック音楽には秘められています。

 

 

 20代のころは、グスタフ・マーラー(1860-1911)やアントン・ブルックナー(1824-1896)など、オーケストラの規模も巨大で、演奏時間も80分を越すような、後期ロマン派の重厚長大な作品ばかりを聴いていたものでした。

 

 当時の仕事のストレスを打ち消すのには、そのような重厚な響きと最終楽章の晴れがましさがカタルシスの役割を果たす必要性が、いまから思えば、あったのかもしれません。

 

 

 ですが、寄る年波には勝てぬ年代にさしかかってからというもの、重たく長い作品からは遠ざかるようになり、若き日に聴いていたモーツァルトなど、軽妙洒脱な作品しか、受け付けなくなってきました。

 

 これも、世間から距離を置くようになり、心の断捨離が進んで、天国が近づいた証拠でしょうか?

 

 

 

 老境から自然死に向かう過程で、天国が近づいているのと、地球の5次元化が進行してアセンションが達成間近なのと、その双方の作用の結果として、軽めの音楽に傾斜してきたのかもしれません。

 

 

 

 

 しかし、この先にわたしたちが行く予定の世界では、後期ロマン派の代表格と言えるリヒャルト・ワーグナー(1813-1883)や、グスタフ・マーラー(1860-1911)の作品には欠かせなかった代名詞的な楽器であるトロンボーン等の重低音の金管楽器や、リズムを刻む打楽器のティンパニは、縁遠くなると言われています。

 

 この3次元地球でこそ、さまざまな工夫改良を重ねた楽器類は重宝されはしてきたものの、進化した宇宙における5次元以上の世界には、そのような、やや重たい響きの楽器の音色は全く存在しないという情報が入っています。

 

 それに代って、ピッコロや、ハープなどの軽快な楽器類が、5次元以上の高次元世界では愛用されているという情報があります。

 

 

 

 ここに来られる方は、スターシード系の方が多いと思われるので、ぜひ、バッハの聴きやすい小品から、心を潤す習慣を身に付けてみてはいかがでしょうか?

 

 

 今回は、どれも、演奏時間が、長くて5分程度のものばかりを選んでみましたので、最初のうちは、演奏時間が気にならずに、あっさりと聴くことができるでしょう。

 

 

 しばらく聴き込んでいくうちに、数分で終わる音楽で物足りなく感じてくるようになったら、自然に、もっと長い演奏時間の音楽や、抜粋でなく一曲まるごと聴きたくなるものですので、そのときは、あなたの心の要求にしたがって、次々と進めばよいだけです。

 

 

 とかく俗世間の低い波動に惑わされがちになるわたしたちを、中道に導き、心を鎮める効果が期待できます。

 

 

 

 バッハを聴いていると、知らず知らずのうちに、アセンション波動が獲得できるとなると、これはよい機会として利用するべきではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイト名 : 一人を生きる -希望の彼方に- 

 

 

 

 

スポンサーリンク