【世にも美しい波動の上がる音楽 48】 純化された悲しみと、この世ならぬ天国的な美しさを湛えた奇跡の音楽で、心を整える ~ モーツァルト『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』
- 【世にも美しい波動の上がる音楽 48】 純化された悲しみと、この世ならぬ天国的な美しさを湛えた奇跡の音楽で、心を整える ~ モーツァルト『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』
- 深い悲しみに満ちた両端楽章と、天国の響きを持つ中間楽章
- 自己の不遇を表現したのではなく、共感力によって人間の本質を探究した作品
- 楽曲構成
- ベートーヴェンも絶賛した協奏曲
- まず、第2楽章を聴いてみる
音楽の天才モーツァルトの作品中でも、かなり異質な音楽でありながら、それでいてやはり古今東西のクラシック音楽でも最高峰を極めた名曲が、今日ご紹介するピアノ協奏曲になります。
正式な名称は、
モーツァルト『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』
です。

深い悲しみに満ちた両端楽章と、天国の響きを持つ中間楽章
明朗で流麗な旋律が基本となるモーツァルトには似つかわしくない作風にもかかわらず、傑作として人気のある曲が『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』です。
悲劇的に始まり、悲劇的に終わる音楽。
その中間にある第2楽章だけは、第1および第3楽章とは対極をなす天国または浄土を思わせる優美な曲想となっていて、唯一、この曲に救いの光をもたらしています。
使用されている楽器群も充実しており、古典派音楽の傑作ながら、すでにロマン派音楽時代の到来を予告するかのような、さまざまな深い情感を表現しています。
自己の不遇を表現したのではなく、共感力によって人間の本質を探究した作品
この曲を書いたころのモーツァルトがとりわけ不遇にあったかどうかといえば、そんなことはありませんでした。
むしろその正反対に、ピアニスト兼作曲家としてウィーンで人気が集まり、歌劇の成功もあって、一時代を築いていたころでした。よって、のちのロマン派時代に主流となるような、いわゆる自己告白的な音楽(自分の感情をそのまま音楽で表そうとする)とは違って、モーツァルトは共感力によって人間の本質を深いところまで掘り下げていき、さらに作曲家として言葉ではなく音符によってその本質を表現していったことがわかります(言葉で本質を探るのは詩人の役目です)。
西暦1786年、人気の頂点にあったモーツァルト(30歳)は、自身の予約演奏会における新曲のプログラムとして、この異色の短調のピアノ協奏曲第24番を用意しました。そして、初演ではみずからがピアノを受け持ちます。
自伝的な悲劇の感情をここにぶつけたわけではないものの、モーツァルトはその豊かな想像力と共感力で、時代も洋の東西をも問わない、普遍性を有する昇華された悲しみ(あるいは天国の雰囲気)をここに披瀝したのでした。
しかしながら、「悲しみ」といっても、打ち沈んだ音調ではなく、むしろ「快速にかけめぐる、純化された悲しみ」といった印象を受けます。
これは、この曲についてではないですが、昭和の評論家だった小林秀雄氏が『モオツァルト』という作品のなかでモーツァルトの短調の曲を絶賛したさいに述べた感想にも通じるものがあります。ですので、ぜひ「快速にかけめぐる、純化された悲しみ」というものが、いったいいかなるものなのか、ご自身の耳で確かめていただきたいと思います。
今回、初めてモーツァルトの記事に接する方は、以下の記事の前半をご覧ください。
モーツァルトの生涯について、概要をまとめています。
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ここでご紹介するのは、わが国の誇る女流ピアニストで20世紀後半に全盛期を迎えた内田光子氏のピアノ独奏と、ジェフリー・テイト指揮、イギリス室内管弦楽団による名演です。
内田光子氏は、20世紀後半の日本人女性ピアニストのなかでは、モーツァルト弾きの最高の演奏家として、特に海外各誌の記者たちから絶賛されていた一人でした。
この演奏も、西暦1980年代の、もっとも氏が積極的に録音やライヴ演奏に打ち込んでいた時期に残された人類の遺産と呼ぶべき名演奏となっています。
ピアノは深く内面に沈潜しながら、ときにデモーニッシュ(=魔神的)な力強さを打ち出し、この世と人間存在の不条理を音響にして描いてみせます。第2楽章は生きながら実際に天界を覗き込んだかのように思える美とやすらぎの極致を表現しています。そこではオーケストラはたんなる伴奏役としてではなく、対話の相手として哲学的な、あるいは情緒的な深淵をピアノとともに冒険し、聴き手の前にあきらかにしてくれるでしょう。
◎この曲は、上から第1、2、3曲目が、それぞれ第1楽章、第2楽章、第3楽章として順に表示されています。
(Amazon側の都合で、順序が変更になる場合があります)
Amazonミュージック・アンリミテッド(Unlimited)会員でない方は、その他のお持ちの媒体で、同じ曲、同じ演奏家を指定して、お聴きください。曲の説明はそのまま適用できます。
楽曲構成
モーツァルト:『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』
【作曲された時期】 西暦1786年3月
【楽器の編成】
独奏ピアノ 1台
(以下、オーケストラで使用されている楽器)
フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ1、弦五部(=①第1ヴァイオリン、②第2ヴァイオリン、③ヴィオラ、④チェロ、⑤コントラバス)
【第1楽章】
演奏時間 : 14分11秒
曲の形式 : 協奏風ソナタ形式
アレグロ
ハ短調
①オーケストラ提示部 0分00秒 ~ 2分19秒
まず、ユニゾン(=複数の楽器が同じ音階を同時に演奏すること)で、悲劇的な第1主題が提示されます。それをオーケストラ全体で強奏したあと、通例とは異なり、第2主題は現れず、終始第1主題の影響を残したままコーダの音型が示されます。
②提示部 第1主題 2分20秒 ~ 3分24秒
ピアノが憂いを含んだ旋律を弾き始め、オーケストラが続きます。
③提示部 第2主題 3分25秒 ~ 4分36秒
下降する音型ながら、ほのかな光をもたらす第2主題が現れます。
④提示部 副主題 4分37秒 ~ 6分30秒
オーボエからフルートに受け継がれるのびやかな副主題のあと、第1主題の暗い影が差しますが、いくぶん明るさを取り戻しながらコデッタ部分を終えます。
⑤展開部 6分31秒 ~ 8分18秒
ピアノによる「②提示部 第1主題」に基づいた旋律で始まり、その後、オーケストラが「①オーケストラ提示部」の冒頭主題を出し(6分58秒~)、ピアノとオーケストラによる緊張感にあふれた激烈な対話のあと、再現部になだれ込みます。
⑥再現部 第1主題 8分19秒 ~ 8分57秒
「①オーケストラ提示部」の最初で登場した第1主題が回帰して、再現部となります。
⑦再現部 副主題 8分58秒 ~ 9分24秒
提示部とは順序が入れ替わり、第2主題より先に、副主題が再現されます。
「④提示部 副主題」ではオーボエが爽やかに奏した楽句も、ここでは陰気で悩ましい短調の響きに変わっています。オーボエ、クラリネット、ファゴットという順序で奏され、ピアノに受け渡します。
⑧再現部 第2主題 9分25秒 ~ 11分10秒
やさしい癒しをもたらした「③提示部 第2主題」での入り方とは打って変わって、悲哀に沈んでいくかのように、ピアノが下降音型をたどっていきます。ドラマティックなコデッタを経て、カデンツァに向かいます。
⑨カデンツァ 11分11秒 ~ 13分15秒
独奏楽器の奏者が自由に奏でるカデンツァ部分です。これは、ソリストの内田光子氏が自作したカデンツァですが、深みと気品のある作風に仕上がっていて、コーダに自然体でつながっていきます。
⑩コーダ(終結部) 13分16秒 ~ 14分11秒
通常、カデンツァのあとに独奏楽器(ここではピアノ)は登場しませんが、ここではオーケストラの強奏のあとにピアノが登場してこまかいパッセージを弾きながら、静かにしめくくられていきます。
協奏風ソナタ形式でありながら、ロンド主要主題のように、冒頭の主題が第1楽章全体に形を変えて幾たびも登場しており、曲に統一感をもたらしています。
【第2楽章】
演奏時間 : 8分16秒
曲の形式 : ロンド形式(A-B-A-C-A-コーダ)
ラルゲット
変ホ長調
①A 0分00秒 ~ 1分56秒
この上なくシンプルな旋律がこの楽章の基本音調となります。さながら天国にいるかのような錯覚をおぼえるほどに、安定感をもたらす優美な旋律です。
②B 1分57秒 ~ 3分32秒
副主題Bでは調性がハ短調に変わり、第1楽章の悲劇性を想起させます。
③A 3分33秒 ~ 3分52秒
主要主題A(①A)が短く再現されます。
④C 3分53秒 ~ 5分31秒
副主題Cは、木管楽器で始まり、のどかな楽想になります。ピアノのトリルのあと、3回目のAに移ります。
⑤A 5分32秒 ~ 7分08秒
みたび、雲の上の世界を垣間見るかのような甘美な旋律の登場です。
⑥コーダ(終結部) 7分09秒 ~ 8分16秒
この楽章で活躍した木管楽器群にピアノが応答し、この世ならぬ柔和な響きのうちに終結していきます。
この楽章は、単独で取り上げられることもあるほど、心に響く旋律に満ちています。まず、第2楽章から聴くのも、音楽を好きになるために必要な方法かもしれません。
ですが、カタストロフィ(悲劇的な結末)を予感させる緊張感にあふれた第1楽章のあとに、この第2楽章を聴くがゆえに安堵感がいや増す印象を受けるので、やはり第1楽章から連続して聴いたほうが音楽をより深く体感できるのではないでしょうか。
【第3楽章】
演奏時間 : 9分12秒
曲の形式 : 変奏曲形式(主題と8つの変奏による)
アレグレット
ハ短調
①主題 0分00秒 ~ 0分53秒
第1楽章にも通じる、暗く情念的な主題が示されます。
②第1変奏 0分54秒 ~ 1分46秒
ピアノが入るところから、第1変奏となります。
③第2変奏 1分47秒 ~ 2分39秒
木管が先導して、ピアノがその後、合流します。
④第3変奏 2分40秒 ~ 3分33秒
オーケストラが途中から激昂する場面があります。
⑤第4変奏 3分34秒 ~ 4分28秒
一転して、この楽章になって初めて陽光がさしこむかのようなやわらかな雰囲気の音楽となります。
⑥第5変奏 4分29秒 ~ 5分31秒
ふたたび短調に戻り、ピアノの細かい音符により進行していきます。
⑦第6変奏 5分32秒 ~ 6分39秒
ハ長調になって、木管楽器が第2楽章をほうふつとさせるなごやかさを演出します。
⑧第7変奏 6分40秒 ~ 7分49秒
冒頭の主題(①)が明確になり、アインガング風の楽句(7分17秒~7分49秒)を経て、最終変奏に突入します。
しかし、後半のピアノ独奏部分はアインガング(=楽句と楽句とをつなぐ、ピアニストの指の運動を行なう短い部分)ではなく、カデンツァだという専門家もいます。
ここでのピアノ独奏(=ソリストの内田光子氏の自作)は、アインガングと聴いてすぐにわかるような、ごく短い橋渡しの楽句とはやや異なり、一定の長さがあるため、カデンツァとする解釈も成り立つでしょう。ですが、変奏曲の最終変奏の直前でカデンツァが置かれることは稀であるため、ここでは第7変奏にまとめて「アインガング風の楽句」として入れています。
⑨第8変奏 7分50秒 ~ 9分12秒
ここから8分の6拍子に切り替わるものの、調性はハ短調で明るさはなく、冒頭楽章の悲劇性を引き継ぎ、最後まで情緒的な解決をみないまま、峻厳な終焉を迎えます。
クラシック音楽作品では、冒頭が暗たんとして開始した場合でも最後の部分で長調に変わって、朗々と力強く終わる作風が多数を占めているので(最後は明るく終わるのが一般的な聴衆の趣味に適っているものと考えられるため)、本作品での終末は、きわめて例外的なものといえるでしょう。
他にも短調で終わるモーツァルト作品としては、独奏曲であるピアノ・ソナタや幻想曲などを除外した大規模なオーケストラ曲では『交響曲 第25番 ト短調 K.183』、『交響曲 第40番 ト短調 K.550』などがあります。
暗く悲劇的に始まり、激しく閉じるこの曲は、モーツァルトの作風からは、かなり異質な作品と言えるでしょう。モーツァルトの生前はさほど人気は出ませんでしたが、彼の死後、特に19世紀に入ってからは、ロマン派音楽の時代ということもあって、この暗澹たる響きは多くの作曲家および聴衆に受け入れられる運びとなっていきました。
しかし、あくまでも美的感覚の枠のなかで人間の悲しみについて言葉を用いずに音楽で本質を言い当てているこの作品に接して、不快に感じることはないでしょう。純化された悲しみは聴き手を不安にすることなしに、わたしたちの心の深いところにまで行き届きます。よく言われるように、ことばを超えたところから、音楽が始まるのです。まさに、第1楽章および第3楽章は、その典型と言っていいでしょう。
また、第2楽章の天国を思わせる静謐な旋律は、一度聴いたら忘れられない魅力を持っています。なんと簡素な音符で、形而上学的な世界を表現し尽くせることでしょうか。理性によって天国を信じられない人でも、この楽章を聴けば、天国があると直観で確信に至るケースも少なくないのではないでしょうか。
こうして、すべての楽章に異なる魅力が振り分けられた『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』をあらためて聴いてみて、30歳になり作曲家として円熟期を迎えていた当時のモーツァルトの筆の確かさについては、さすがと言うしか他にことばがみつかりません。
ベートーヴェンも絶賛した協奏曲
生涯を通じてモーツァルトを尊敬していたベートーヴェン(西暦1770~1827、ドイツ)は、モーツァルトの『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』の演奏を聴いたあと、友人に次のように語ったと伝えられています(この演奏会当時、すでにモーツァルトは他界していました)。
「わたしは、これほどまでに美しく完成度の高い音楽を書くことができぬまま、世を去ることになるだろう。」
自身の音楽に対する才能については揺るぎない自信を持っていたベートーヴェンでしたが、偉大な先輩作曲家だったモーツァルトの作品を前にすると謙遜の情が湧いてきたのでしょうか。もはや誰も到達することも、追い越すこともできない頂上にある作品だと、この『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』を絶賛しています。
まず、第2楽章を聴いてみる
さて、そのようなモーツァルトの傑作を全曲通して聴くのがおっくうだと感じられる方には、まず、第2楽章から聴くようにおすすめします。
当サイトでこれまで紹介してきた楽曲で例えると、J.S.バッハの『主よ人の望みの喜びよ』、ショパンの『ノクターン 第2番』などといった、穏やかな楽想で知られる人気曲と通じる美点が感じられるからです。
この楽章は、単独で取り上げられることもあるほど、心に響く旋律に満ちています。まず、第2楽章から聴くのも、音楽を好きになるために必要な方法かもしれません。
ですが、カタストロフィ(悲劇的な結末)を予感させる緊張感にあふれた第1楽章のあとに、この第2楽章を聴くがゆえに安堵感がいや増す印象を受けるので、やはり第1楽章から連続して聴いたほうが音楽をより深く体感できるのではないでしょうか。
と、第2楽章の説明のなかで書きはしましたけれど、最初から聴くのが長いと感じてあきらめるよりは、第2楽章だけでも鑑賞するようにおすすめしたいと思います。
深い悲しみにあふれた両端楽章(第1楽章および第3楽章)については、次にあなたが日常生活で困難に直面したときに、その負の感情をやわらげる目的をもって、聴くようにしたほうがいいでしょう。
音楽における「同質の原理」は心理学でもかなり昔から検証されています。つらいときに悲劇的な両端楽章を含めて全曲通して聴くことにして、最初はまず、第2楽章から、夜の就寝前にでも流すと心が安らぎ、いい夢が見られると思います。
モーツァルトの『ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491』に秘められた純化された悲しみと、この世ならぬ天国的な美しさを湛えたかずかずの旋律によって、あなたの心が整い、乱世を生きやすくなることを願って、記事を閉じることにします。
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