【スピリチュアル】自然界の動植物たちが語る、地球アセンションの真実!! 宇宙を見上げるまえに、身近にアセンションをめざす仲間たちがいた! (カラス、シジュウカラ、ハト、ヒヨドリ、アオサギ、虫編)
- 【スピリチュアル】自然界の動植物たちが語る、地球アセンションの真実!! 宇宙を見上げるまえに、身近にアセンションをめざす仲間たちがいた! (カラス、シジュウカラ、ハト、ヒヨドリ、アオサギ、虫編)
- カラス
- シジュウカラ
- ハト
- ヒヨドリ
- アオサギ
- 病室の窓辺に見舞いに来た虫たち
- 人が動植物としゃべれるのは不可能でも何でもなく、現実である
この春、家の近くの木々に営巣していた野生の鳥たちが、6月下旬になって相次いで子育てを終え、ひなたちを連れて飛び立っていきました。
わたしは、彼らと話せるので、その利点を生かし、いつも地球の次元上昇のアドバイスをもらっています。そのお返しに、動植物の集合意識にアクセスして、さまざまな貢ぎ物をしてもいます。
今回は、世に出回る不幸な予言について、春先に動植物たちに分析を依頼した結果、答えが返ってきましたので、その報告となります。
スターシードの多くは、よい意味で「規格外」の人格が与えられており、そのため、人間社会の枠組みにぴったり収まることは、まれです。人間社会の序列に納得し、適応しまくっているような人たちは、それ以上の伸びしろはありませんから、永久に3次元止まりとなってしまいます。
そのため、スターシードの友人として、自然界との交流という道が残されているのです。無理して近づくことなしに、それこそ自然な直観に任せて、あなたなりの動植物たちとの適正な距離をみつけ、心の交流を図ってみましょう。
心のすさんだ人間とはいくら関わっても、相手に利用されるだけです。ところが、自然界との交流では、すべてが循環し、宇宙の法則も学べます。
きょうは、鳥たちの巣立ちが、地球の輝かしい未来を暗示するというタイトルで、動植物が語る内容から明るい未来を感じ取っていただき、さらに、みなさんの隠れた能力が開発されて、より気楽に生きられるように願って、記事を書いてみます。
カラス

(写真=カラス)
今年の春、数組のカラスのつがいが、わたしの家のそばの道路沿いの木に巣をかけていました。
家の南側にある木のひなたちは、巣立ちが近くなった夕方に、電線から電線へと親の後について飛び移り、最後に親ガラスが、(遠回りになるのに)わたしの部屋の窓辺まで来て、別れのあいさつに1回、大きな声で「カア!」と鳴いて、西に傾いた夕日の彼方に消えていきました。これは「無事、子育てが終わりました。文化交流ありがとうございました。」と言っています。
ここで「文化交流」とは、わたしが動植物の集合意識に直接、データや情報を送ることをさして言います。毎日、読書や音楽鑑賞、映像作品など、自分なりにスケジュールを組んで厳選して届けています。
といっても、しょせんわたしの趣味の範囲内でしか行動できませんから、おのずと情報の種類も量も限定されてきます。しかし、彼らは百科全書的な情報を求めてはいません。彼らのほうが人類より生きることについては長けているので、いちいちこちらから「教えてあげる」点は少ないのです。
ですが、人類の生み出した文化のよい面と破壊的側面について公平に動植物の集合意識に送信することによって、加速度的に動植物たちの意識にも磨きがかかりますので、近年ではそれをライフワークとしてきました。
彼ら鳥たちは、営巣と子育てをしながら、世界征服を狙う支配層が、本当にそれができるかどうかの答えを暗示してくれました。もし、世界は闇に手に落ちるのを予知能力で察知した場合、動植物たちは、子孫を残すのをやめ、自暴自棄に、自分の人生だけを生きようとするはずでした。
ところが、わたしの呼びかけに応じて、家の近くの木々に各種の鳥が巣を作り、巣立ちしていく姿を見せてくれて、地球が闇の手に落ちずに存続することを身を以て証明してくれました。
彼らが無事に子育てを終えたということは、地球のアセンションが順調に進んでいることを意味しています。わたしを通さなくても、アカシック・レコードから、動植物たちは、地球の未来を予感することができるのです。
そして、西暦2025年6月27日(木)、その母親カラスとヘルパーのカラス(昨年、同じ両親から生まれた、メスのカラス)、子ガラス(メス)1羽の合計3羽が夕方に巣のあった木のそばに戻ってきて、ある決めごとに則った鳴き方をして、重要な真実を教えてくれました。
子どものカラスの声で、それははっきりと区切って、わたしとの間で長年共有された法則に基づく特定の回数で鳴かれ、語彙から文体を形成するに至り、結果として次のように語りました。
「闇の勢力と言いますけれど、もうそれは無に等しいものです。この世界じたいが幻影です。幻影のなかで権勢があるように見せかけて、何になるでしょう?
それに比べて、私たち動植物の多くが人間(の姿をしたスターシードを含む)の方とも、こうして現実に交信して、魂を深め合ってきているのですから、こちら(魂の交流をしている側)が真の実存ということになるでしょう。
そうなると、もはや闇と戦って倒すという話はあり得ないことになります。
私たちが幻影と戦う意味など、あるとは思えません。以上から、もっともっと、人類のみなさんは(幻影にすぎない)闇を怖れずに魂を遊ばせて、人生を慈しみながら愉しみ、波動を高めていってほしいと思います。」
しかし、この子ガラスが生まれて1ヶ月と少々で、これだけの理解力があるとは、恐れ入ります。動植物のなかでも、カラスからのチャネリング件数は群を抜いています。ほかの鳥や虫からも多数のメッセージが寄せられますので、クロスチェックが可能となり、情報の信頼度が増します。たくさんの生き物たちが、今回のアセンションに参加しています。
こうした事実にいっさいふれず、「宇宙の最高司令官からメッセージが届きました。」として語られるメッセージには注意が必要です。どうしても権威にすがりたがる一部の人たちの心理を悪用したニセモノである可能性が高いからです。地球の悪の権力者を倒すのに、現状では、宇宙の最高司令官が出る幕はないでしょう。わたしたちスターシードと動植物だけでも、何とかなります。
それにしても、動植物がいてくれなかったら、わたしの人生も、この惑星の運命も、壊滅的なものになっていました。みなさんやわたしのようなスターシードがこの地球で活躍する素地を作ってくれたのは、ほかでもない動植物たちだったのです。まさに、縁の下の力持ち、といった感じがします。
シジュウカラ

(写真=シジュウカラ)
以前は、地表付近を避けて、上空数十メートルのところを100羽以上の大群で飛んでいたシジュウカラも、ここ数年、西暦2020年を過ぎたあたりから、すっかり「街の鳥」の代表格の仲間入りを果たしたようです。
シジュウカラは、スズメより小さく、黒、白、灰色に、一部きみどり色の部分がある小鳥で、「ツピー、ツピー」と小さな細い声で鳴きます。上空数十メートルのところを100羽以上の大群で鳴くと、夏の風鈴が涼しげに鳴っているように聴こえ、とても美しい響きを持っています(それも最近では「街の鳥」となってきたために、聴く機会も激減しましたが)。
驚くべきことに、さきにみたカラスの巣から、わずか10mほどの場所に生えている庭木に、シジュウカラが営巣していました。昔では考えられなかった光景です。これは、鳥たちのあいだでもアセンション情報が共有され、それが推進されている証しです。相互不可侵条約を締結したといった状況が、あちこちの動植物のあいだで見て取れます。
シジュウカラがはるか天空に近い高度の空を大群で飛ぶのは、もとは天敵から身を守るためでした。そのシジュウカラの天敵のひとつが「カラス」だったのですが、そのカラスと「お隣さん」となる位置関係で営巣したという事実が、動物界でのアセンションの進捗を物語っています。
ほかにも、シジュウカラは地上の犬やネコを避けていたわけですが、最近では犬やネコのすべての個体とは言わないまでも、その多くが鳥に対して仲間意識を持つように変わってきた影響で、天空から地上付近に生活圏を移したのでしょう。
さて、親のシジュウカラ2羽は、ひな鳥に餌を運ぶのに何度も南北を往復するあいだ、電線で羽を休めていました。このとき、すぐそばに、さきの親カラスもいたのですが、両者ともまったく警戒せず、たがいの世界に不干渉で自身の好きなように行動し、見えない友好条約を結んでいたかのようでした。
そして、そのカラスたちに先立つこと1週間ほどのタイミングで、シジュウカラは子育てを終え、ひなたちとともに、北東の方角に飛び立っていきました。
しかし、その直前、わたしの部屋の真ん前の電線に、2羽のシジュウカラが並んでとまっていました。おそらくこれが両親で、旅立ちの合図だったのでしょう。
みな、わたしたちと魂のレベルで知り合いです。わたしだけが特別なのではなく、ほかの多くの人もできるのですが、「人間が万物の中心である」といったガリレオ出現以前の天体認識の段階にとどまっている状況を自ら創出していて、動植物との回線をさえぎっているわけです。逆に言えば、わたしたちが心を自然界に対して解き放てば、いつでも自然はその波動レベルに応じて、やさしく反応を返してくれるでしょう。
こうして、多くの人々が知らないところで動植物たちの魂の進化が始まっており、それが彼らの物理的な行動の変化として明らかになってきています。
ハト

(写真=ハト)
ハトは、平和の象徴として古くから人々に親しまれてきました。
もちろん、ハトも、アセンションを知っていて、適切な助言をしてくれます。
今回は家のそばに巣はありませんでしたが、必ず毎日通るグループが5~6年前からいます。ハトは近年になって、カラスやトビたちと、善意あふれるあいさつをするようになってきました。上空でハトとカラスが、ハトとトビが、トビとカラスが、モビングではなくて、対等にあいさつをかわすシーンが、数年前から目撃が多発してきました。みなさんのお住まいの地域はどうでしょうか?
こうした現象は、わたしの住んでいる場所限定だとは思えません。動植物たちも、わたしたちと同じく集合意識を持っています。であれば、みなさんの地域でも、同じように動植物たちがかつては考えられなかった間柄で仲良くしている信じがたい光景を目撃されているかもしれません。まだであれば、そのような着眼点を持って、あたりを見回してみましょう。きっと新発見があるにちがいありません。
ぜひこれを、人間たちが真似できたらといつも思います。目下のところ、イスラエルやイランを中心とした紛争から第三次世界大戦の勃発をもくろむ闇の勢力をかかえている人類は、いまこそ自然界の進化のプロセスを真剣に観察して洞察を得、破滅の道を引き返し、魂の浄化された世界を構築してもらいたいと願っています。
神の使いとして予知能力に長けたカラスやトビに対して、平和の使者として世界各地で崇められてきたハト。
そろそろ、わたしたち人間(スターシード含む)も、彼らにあやかって、つまらない野望をいだく支配層のいいなりになるのはやめにして、真の平和を、穏便な手法で演出していかなくてはならない時期にさしかかっているのではないでしょうか。
ヒヨドリ

(写真=ヒヨドリ)
平安時代に貴族たちから愛されていたヒヨドリは、元気者です。
「ヒーヨ、ヒーヨ!」、「ピッピッ、ピッ、ピッ」などと明るく大きな声で鳴き、ハトよりやや小さいですが、スズメと比べるとずっと大きく、細長いシルエットをしています。早朝や夕方に見かけることが多いでしょう。
また、独特の飛び方をして、まっすぐではなく、波打って、U字型に飛行するので、その大きく高い声とあわせて、見つけやすい鳥としても知られています。
今年、彼らヒヨドリも、わたしの家のそばに営巣していました。カラスの2組とほぼ同時に子育てをまっとうし、よく響く鳴き声で街路樹を飛び移りながら、ひなたちとともに北の方角をめざして去っていきました。
実はこのヒヨドリも、予知能力が高いのです。
その昔、仕事の出張で会議(ある大学を中心とした産官学連携の成果発表会)のため札幌に向かわなくてはならなかったときのこと。危険に遭わないようにと、出張当日、汽車に乗るために駅まで車で向かう直前に、暗号を使って危険を知らせてくれました。「今晩、汽車を降りて、駅で買い物などを済ませたら、まっすぐに宿泊先に向かうようにしてください。」とのアドバイスでした。
やはり、闇の勢力がわたしに危害を加える予定を知っていたようで(波動感知、アカシック・レコード読みの結果)、その助言に従って、前日の夜はどこにも行かず、予約を入れていたビジネスホテル(=札幌駅にほぼ直結していた、「クレスト」という名のコンパクトなビジネスホテルで、現在はありません)で一夜を過ごし、ふつうの人のように行動していました。
実はそこではわたしを失脚させてアセンションから脱落させる目的で、闇の勢力が工作を仕掛ける計画があったらしいと、あとになってから知りました(おそらくハニー・トラップのようなものでしょう)。まさかヒヨドリにこんな場面で助けられるとは思いもよりませんでした。人心の穢ればかりが目についた時代でした(現在も、ですが)。
また、翌朝、会場に向かう道中、繁華街に近い札幌北区のビル群の交差点で横断歩道を徒歩で渡るのに信号待ちをしていたところ、3羽のカラスが現れ、思いがけない駄洒落をかましていきました。それは、会場の名前と関係があり、「〇〇参画センター」という会場の真ん前の上空で、カラス3羽が三角形、しかも正確な正三角形を作って通過していきました。
「参画(さんかく)」と「三角(さんかく)」が、駄洒落です。実は、この会議には、ある理由から個人的にあまり行きたくなかったのですが、それを知っていて、札幌のカラスたちは、わたしが会場入りする直前に朝一番で駄洒落をかまし、気持ちをなごませてくれたのでした。
「きょうの会議中は、おだやかに過ごしていてください。ここで敵と味方とに分ける分断工作に、いちいち対応していては、この先も苦慮されるに決まっています。同音異義語の駄洒落を思いつく程度の心のゆとりをもって、あなたのアセンションの取り組みに揺さぶりをかけてくる者たちと対峙してください。では。」
信号待ちしている場所から空を見上げて、カラスの形成する三角形からすぐにそのメッセージの意味を理解できたおかげで、会議中はとてもリラックスした気分で過ごすことができ、会議自体も終始おだやかに進行していきます。
もちろん、札幌への出張は、年に1回、あるかないかでしたから、直接、そのカラスたちと面識があったわけではありませんでした。なのに、わたしとその周囲の人々の思惑を知っているというのは、集合意識を介した超常現象との説明にしかならないでしょう。
好戦的な闇の勢力からの洗脳を受けた人々(直接指令が下りている場合と、遠隔で洗脳を受けている場合とがある)の挑発に応じないようにとの配慮で、会場入りする直前のわたしをリラックスさせる目的をもって駄洒落を用意するとは、何とも機転の利く対応です。
かつての職場での守秘義務がいまだに残っているため、これ以上詳しくは書けませんけれど、ヒヨドリやカラスなどの鳥たちが、西暦2000年代だった当時から、こと細かに、わたしの地球での微妙な(=危険な)立場を理解してサポートしてくれたことは本当にありがたかったです。みなさんも、これから、スターシードとしてそういう経験をされるかもしれません。そのときの予備知識としてください。
アオサギ

(写真=アオサギ)
水鳥の代表格、アオサギもよく上空を通ります。
今年は、そのアオサギが、カラスとも空中であいさつを楽しそうにかわしていました。モビング(疑似攻撃)ではありません。こうして意識の進化は、水鳥のあいだでも顕著だという事実を、アオサギ自身が視覚的にわかりやすく示してくれました。
先日のアオサギはつがいの2羽でわたしの家のそばの、カラスやシジュウカラの巣のあった木々の周りをやさしく旋回しながら飛んでいき、
「あなたのまわりの鳥たちが巣立っていき、さびしくなりますね、しかし、自分たちはまだ子育て中です。そのようにして、万物は四季のごとく循環していきます。
したがって、あなたがたが支配層と呼ぶ人々の思いどおりにはなりません。
彼らも私たちと同じく、循環する万物の一部にすぎないからです。万物の循環を受け入れた暮らし方をしていたら、ちゃんとその流れによって救われることになるでしょう。そして、春はまたどこかでめぐってきます。」
と、わたしに知らせてくれました。
そのアオサギのつがいが6月下旬に上空を通過したさいに、やや小さめの2羽のアオサギが両親のあとについて南の空を飛んでいくのを見ました。カラスのひなが巣立って10日ほどで、アオサギも子育て第一弾を終えたようです。
「無事、私たちも次世代を育て上げました。こうして私たちは、単独に命を与えられているのではないのです。万物は共鳴しあい、さながら美しい交響曲のように響き合うように作られています。」
と彼らは語っています。
もはや、後戻りはできません。しかしながら、人類の多くが、宇宙人の存在や動植物との心の交流ができることを物笑いの種としてしまっていて(支配層に洗脳されているため)、現実に気づかないまま深い眠りについています。
このほかにも、ここには書ききれませんが、トビ、スズメ、ハクセキレイ、ゴジュウカラ、マヒワ、クマゲラ、カケス、ヒレンジャク、ツグミ、ヨシキリ、ノビタキ、カモ、マガン、白鳥など、実に多彩な鳥たちが、地球の進化を意識しながら暮らしている事実を付け加えておきます。別の機会に、彼らについての感動的なエピソードを書くことになるかもしれません。
病室の窓辺に見舞いに来た虫たち
そして、鳥以外の動物や昆虫、植物たちについても同じことが当てはまります。特に、羽を持った昆虫たちは、わたしの部屋の窓辺まで自在に来られるので、メッセンジャー(メッセージの運び手)として、とても有利な立場にあります。
かつて、わたしが内臓の一部を切除する手術を受けるために入院していたとき(=西暦2010年代)の出来事ですが、手術が成功して起き上がれるようになってから、羽のある虫たちがわたしの個室の窓(=南側に1枚しかない)に、びっしりとまっているのを発見しました。それは、すべて形も大きさも異なる羽を持った虫たちで、毎朝、その種類と数は異なっていました。
いろんな色のアブ、大きさ(=種類)の異なるハエ、小さなハチ、カゲロウの仲間、ハネアリ風の虫、その他名前のわからない羽虫などが、動くことなく、窓に整然と並んでいるのです。彼らがそこでたがいにもみ合うようなことはまったくなく、じっとしており、わたしが病室で朝食を終えるころには、不思議といなくなっていて、また翌朝に集まってくるというふうでした。
しかし、虫の集合意識としてわたしの生還を祈って、病室(=広めの個室)が、病院の高層階にあったにもかかわらず、わざわざ集まってきてくれていた事実はいまでも忘れません。ふつうはそんな高い場所に虫のえさ場はないので、集まって来ません。食べるためだけに虫が行動するわけではないことを証明する画期的な場面となりました。
また、これは、よく冬の寒い朝に、太陽の当たる窓に虫がとまって暖を取ろうとしているのと同じではないかと考える方もいるでしょう。ところが、それは違います。なぜなら、その季節は冬ではなく、連日最高気温が30℃を超える、真夏だったからです。
内視鏡手術のとき、実際にカメラを入れてみると、摘出しなければならない臓器の分量が、手術前における医師グループの予想をはるかに上回っていたことが判明し、余分に手術時間がかかってしまい、結果としてかなりの全身麻酔を打っていたために、その影響で術後2~3日はベッドから起き上がれず、内視鏡を通すために開けた傷口も痛み、意識ももうろうとしていました。
ですが、4日目の朝からはベッドから起きられるようになり、早朝にカーテンを開けると、そこには窓に多種多様の虫がとまっていました。準備のため、手術の2日前に入院したのですが、手術前までの朝には、窓に虫は来ていませんでした。手術後から突然来るようになったというのは、虫の集合意識が、わたしのところに見舞いに来ることに決めたからではないでしょうか。
どの虫たちも、美しい朝日を浴びながら、どこかきらきらと輝いているように見えました。高層階にある個室での、こうした見慣れない光景から、わたしは魂の深いレベルでは人間(スターシード)も動植物も区別がないのだと確信するに至りました。それほど、尋常ならざる印象を受けた場面となりました。そのずっと以前から、虫たちとチャネリングしていましたので、彼らの霊能力の高さについては知っていたつもりだったものの、その事件によってあらためてそれについて再認識するに至ったわけです。
その当時、わたしが勤めていた職場からの面会者はゼロで、手術後にまだ体調が万全でなかったにもかかわらず、一日も早く仕事に復帰するように促す、心の冷たい連絡が来るばかりでした。それに比べて、虫たちの集合意識は、わたしの魂のレベルでの正しい活動を認識できていて、健康回復を祈念しており、無償の愛に近いものを感じたものでした。
ちなみに、いうまでもなく、その入院中には、鳥たちもよく窓辺に来てくれていました。その病院の医師から手術の数か月前に「手術するかどうかは、あなたの自由だ。」と言われたとき、どうするかについて相談に乗ってくれて、わかりやすい数字を組み合わせながら手術を勧めてくれたカラスたち(=その病院の近くにねぐらがあるグループ)は、しょっちゅう(窓の近くをやさしく羽ばたいて通過し)あいさつに来てくれましたし、シジュウカラ、ハクセキレイも昼間には窓辺に遊びに来て、心をなごませてくれました。
こうして自然界は、物事のうわべだけしか見ない人間界とは雲泥の差があり、それはわずかながら改善されつつあるものの、やはり現在でも、世の中の人心の腐敗はいかんともしがたいところがあります。それはみなさんもお感じになっていることでしょう。
ですから、自然界の存在は、スピリチュアルを語るさいに欠かせないものとなっています。宇宙人だけをクローズアップする話は、その意味では、半分しか真実を語っていないことになります。
まして、その宇宙人の話も捏造だったら、最初からそんな話などは知らないほうがましという結果になってしまいますので、自然界を見下していたり、その存在をはなから無視したりしているスピリチュアルの論説には、くれぐれもご注意ください。そうしたものからは、そっと離れていく姿勢が大事になるでしょう。
人が動植物としゃべれるのは不可能でも何でもなく、現実である
わたしが動植物と交流できる事実は「一次情報(=自分の直接体験)」として、価値があります。海外の(自称)チャネラーが、〇月〇日にUFOが迎えに来ると語っていたからそれが起きるにちがいない、と信じてしまうのは危ういと思われます。
それは伝聞で知った「二次情報(=他者からもたらされた知識)」だからでしょう。小松英星氏の「西暦2025年アセンション説」が当たらなくても、海外のチャネラーの予言が大外れしようとも、びくともしません。自分が毎日やっていることだから、外れようがないからです。
虫や鳥などと、妄想でなく地球の未来を語り合うことができることから、万物に魂はあるし、過去世や来世もあるとわかります。小さなアセンションがすでに毎日起きているというのが、わたしを取り巻く環境なのです。
そして、重要なのは、鳥たちがおしなべて、地球のアセンションは万全です、と伝えてくれている点です。彼らがお世辞や冗談でそれを言ったりはしないでしょう。先にみた札幌出張時のヒヨドリやカラスの事例でも、わかるでしょう。
現実の世界で動植物たちと会話できた人物としては、ハトに説法したことで有名なアッシジの聖フランチェスコ(西暦1182~1226、イタリアの修道士。アメリカにある大都市「サンフランシスコ」の語源となった)、アメリカでは犬やハエと会話することのできた新聞記者J・アレン・ブーン(西暦1882~1965、アメリカ)などがいました。
創作の領域でも、イギリス人作家ヒュー・ロフティング(西暦1886~1947)作の『ドリトル先生』の童話では、金銭に無頓着な医者ドリトルが、動物や植物たちと会話できるようになっていき、さまざまなスリルとユーモアあふれる冒険をする物語として、現代まで読み継がれてきました(ドリトル先生は、自分から動植物にことばを教えるというよりも、動植物の側から話しかけられて共通のことばを学んでいく設定が多い=わたしのケースに近い)。動植物としゃべれるのは不可能でも何でもなく、現実なのです(それで童話のドリトル先生は心の純真な子供に愛されます、大人は信じませんが)。
しかし、今回、わたしは上記の者たちと決定的に異なる点があります。それは、いうまでもなく、ただ、動植物と会話した、というのではなくて、地球の輝かしい未来を見据えて生きている動植物からリアルタイムで、その未来を実現させる方策をメッセージとして受け取っているという点です。
わたしは、生きているあいだに、それを証明しようとは思いません。承認欲求から、認めてもらおうとは考えていないからです。
多くの人は、そんなことを信じていないか、わたしの能力を知っている一部の工作員たちのように、その事実に恐怖し(人間の優位性が失われると感じているため。実際には、生命は平等であり、そんな優位性は幻想にすぎないし、わたしをこの世から消したとしても、この事実だけは永久に消えない)、わたしの人生をたえず脱線させようと試みてくるでしょうから(自分たちのほうが正常だと思い込みたいため。わたしが不幸であると、ようやく平常心でいられる弱い人間の取りがちな行動にすぎない)。
わたしとしては、今回の人生では、こうした真実を探求する勇気のある方々にだけ、サイトを通して知ってもらえれば充分だと考えています。用意のできていない(波動の低い)人からすれば、本来まともであるわたしたちのほうが奇人変人に見えてしまい、埒があきません。
ただ、国連や銀河連盟から、真実を発表するから演説するようにと依頼を受けた際には快諾しようとは思っていますが、現状で発表されたら、それこそ準備不足の人たちを中心として世界中で大パニックが起きてしまい、アセンションどころではなくなる可能性を秘めており、発表後の展開がどうなるかについては銀河連盟にとっても、地球の闇の勢力にとっても、不透明なままとなっています。
しかし、わたしたちは、遠い宇宙を見上げて、進化した宇宙人の到来を夢見るまえに、身近にいるアセンション仲間である、自然界の生き物の存在とその実力の高さを忘れてはなりません。
自然界が語る、アセンションの真実に心の耳をすませば、きっと大切なことばが聞こえてきます。また、そうなるようにいつでもきよらかな心でいることを、わたしたちは常日頃から心がけておく必要があるでしょう。
サイト名 : 一人を生きる -希望の彼方に-