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スターシード必見の隠れた昭和の傑作アニメ『バビル2世』から学ぶ、アセンションに向けた愛と勇気 エピソード・BEST7!! + 作曲家・ショスタコーヴィチの悲劇

 

 

スターシード必見の隠れた昭和の傑作アニメ『バビル2世』から学ぶ、アセンションに向けた愛と勇気 エピソード・BEST7!! + 作曲家・ショスタコーヴィチの悲劇

 

 

 

 

 

 昭和を代表するアニメは、人それぞれに思うところがあり、必ずしも人気投票で決まるわけではないと思います。

 

 わたしが推すのは、『バビル2世』という作品です。

 

 聖書で語られるバベルの塔の伝説とは異なり、第1話で、それにも軽くふれられるものの、基本、善対悪のストーリーが中心となっています。

 

 第1話で「主人公の少年は、宇宙人の子孫である」とするくだりが語られ、本人もそのことを知らなかったのですが、その後、主人公が悪の親玉に会うことになり、力を合わせて世界征服しよう、という誘いを受けるものの、生来の正義感からそれを断ったところから「改造人間による軍隊を形成し、テクノロジーを悪用して世界征服を夢見る悪と、悪の世界征服を防ぐため超能力と3つのしもべによって戦う正義のバビル2世」という構図での戦いが始まります。

 

 ここで「悪は、誘拐した人間を人造人間にして、世界的な秘密の軍を組織している」という背景をもち、と同時に「主人公は、身近な人たちに正体を隠しながら戦う」という展開が続きます。じっさいにわれわれの暮らす社会にもクローン人間はいますし(もうアセンションを妨害する力はなくしているが)、このシナリオの先進性はすごいと思います。

 

 ストーリーの特徴からは、このアニメこそ、孤独感に苛まれながら生きるスターシードにうってつけ、という作品であります。

 

 

 

 主人公の少年・古見浩一(ふるみ こういち)は、中学に通っていたときまでは自身の超能力に気づかず、ふつうの人間としての生活を送っていました。

 

 ところが、ある晩、不思議な夢を見るようになり、その後まもなく、ある夜に巨大な赤い鳥(=ロプロス)がやってきて、自宅の2階から砂漠地帯に連れ去られます。そして、謎の女性(=宇宙生まれの黒ヒョウである「ロデム」がシェイプシフトして人間の女性に化けていたもの)から「バビルの塔」の中に案内されます。

 

 

 このとき、外観は壊れかけた古城のようにみえるバビルの塔の中に入ると、最先端のコンピューターで埋め尽くされているのをみて、浩一は驚きを隠せませんでした。

 

 操作室のモニター画面には、約5000年前の地球で収録された、ありし日の「バビル1世」が映像で現れ、そこで、「自分は、古代の地球に不時着したUFOの乗組員の宇宙人で、助けを求めたが救いは来ず、仕方なく故郷に帰る夢を諦め人間たちと立ち交じって暮らすことを決意した」という内容が語られます。

 

 

 そして浩一は、その映像から、自身がその宇宙人だったバビル1世の血を引きし者、バビル2世だと知ることになります。1世の残した(外見は壊れかけているが、内部のコンピューターシステムは機能している)バビルの塔と、ロプロス、ポセイドン、ロデムの3つのしもべを自在に操り、闇の帝王ヨミの軍勢と、世間にはみずからの正体を隠しながら戦うことになります(全39話)。

 

 

 

 ふだんのバビルの塔の周辺には、高度な科学技術を誇る塔内のコンピューターによって人工の砂嵐が舞っており視界が利かず、だれも発見できる者はいません。第1話から第26話までは、そこがバビル2世の本拠地として活躍します。

 

 しかし、悪魔の頭領・ヨミの作戦によって塔が破壊されたあと、第27話からは、舞台が日本の北海道に移ります(後述)。

 

 それから最終話まで、世界支配をたくらむヨミの部下の超能力者やメカニックな兵器によってさまざまな怪事件が起こり、そのたびに、いつもはふつうの少年のふりをして暮らしている古見浩一ことバビル2世が、解決して平和を築くために奮闘するストーリーがスリル満点で展開していきます。

 

 

 



 

原作よりも、アニメ版のほうが、出来映えがよい!!

 

 原作の漫画は、ハードボイルドに尽き、繊細な心理描写は、あまり感じられません。

 

 しかし、アニメ版では、一話一話が丁寧に作られているのがわかります。

 

 原作では、実の両親のもとから、巨大な赤い鳥(=ロプロス)に砂漠に連れ去られる展開になりますが、アニメ版の第1話では、実の両親は登場せず、いとこの両親のもとに幼少時に引き取られて暮らしている設定に変わっています。

 

 アニメ版は、全体としてのストーリーは連なっているものの、基本的には、1話完結(25分程度)ですし、バトルシーンが続く印象の強い原作漫画よりも、(年齢に関係なく)さまざまな感情体験ができ、生きるための教訓を得る機会に恵まれているともいえるでしょう。

 

 

 近年になって、日本だけでなく、イタリアやアメリカ合衆国でも、この昭和アニメの傑作『バビル2世』が人気となっている要因は、そのあたりにあると思われます。

 

 「昭和に、こんな完成度の高いアニメが作られていたのか」

 

 「ストーリーもだが、音楽や効果音も適切に使用され、全体を引きしめている」

 

 「何度観ても、筋書きがわかっていていても感動だけは色あせない名作だ」

 

といったレビューを、これまでも目にしてきました(削除されたものもあると思います)。

 

 

これが『バビル2世』の必見エピソードだ・BEST7!! 

 

 そこで、全39話から、スターシードが共感をおぼえる場面が目白押しの7つのストーリーを厳選してみました!!

 

 話数の若い順に、ご紹介していきます。面白さの順ではありません。面白さは、ご覧になった各人が決めてください。

 

 そして、何より、アセンションが差し迫った時期にあって、愛と勇気を学ぶために鑑賞することは、たいへん有意義だと思われます。

 

 大まかなジャンルが少年向けヒーローものだとして避ける理由はないでしょう。そこには、昭和に生きた人々の願いが込められているからです。そして、スターシードとして生きてきた者であれば、必ずどれかストーリーに共感できるような、光と闇にまつわる体験を一つや二つどころではなく、数多く持っていると思われるからでもあります。

 

 また、波動が上昇している人たちにとっては、寛大に、こうしたストーリーを鑑賞する余裕があるにちがいありません。

 

 わたしも、銀河連盟や自然界からは、「もう、バビル2世のようなストーリーを現実で体験することはない。アセンションの流れは決定的となっており、地球上での暮らしでは、むしろ内面の静謐(せいひつ)さが求められる段階に来ている。」と言われています。

 

 それと同時に、彼らは「光と闇とのかかわりを回想録的に振り返り、3次元で学んだことをおさらいしておくには、(アニメ版『バビル2世』という作品は)ちょうどよい教材となる。」とも伝えてきていて、戦いの描写があるから観るな、とは、けっして言いませんでした。

 

 

 さて、それでは、銀河連盟も公認のアニメ版『バビル2世』をみていきましょう。

 

 行きます!!

 

 

「第10話 必殺ロボット・バラン」

 

 (人工の)砂嵐荒れ狂うバビルの塔周辺の砂漠地帯に不時着した戦闘機。

 

 そこから乗組員2名を救助し、塔の中の治療カプセルに収容したバビル2世だったが、2名は突如カプセルを割って飛び出し、塔に侵入する目的で送り込まれたヨミの部下の改造人間(クローンやロボット技術で、身体の一部または全部が機械化された工作員)だとわかる。

 

 しかし、バビル2世は改造人間たちを倒すものの、戦闘中に重傷を負い、塔内で治療カプセルに入り、所定の時間、完全休養が必要だとコンピューターに診断される。

 

 そして、改造人間たちが予告したとおり、塔の外にヨミの開発したロボット・バラン(鉄球を持った緑色をした人間型ロボット)が現れ、塔の外壁やレーザー砲台を次々と破壊しながら、防御網を突破し、バビル2世やロデムのいる中央コンピューター室に向かってきた。

 

(ここでは、感情をもたない悪に操られるロボットの非情さがたくみに描かれている。さらに、音楽の選曲も、とても場面にマッチしたものが流され、緊張感を演出している。)

 

 ついにバランが最後の壁を鉄球で粉々にして、バビル2世の治療カプセルをみつけ、何度も鉄球をたたきつけることで強化ガラスを破壊することに成功するのだが・・・。

 

 

 さながらロボットを用いた悪との知恵比べ、そして物理的な力比べでもあるバトルが、小気味よい音楽とともに、よどみなく展開するさまは、昭和アニメの傑作といわれるだけのことはあり、完成度の高さを誇っているといえるだろう。

 

 最後のシーンは、塔から出て、砂嵐のやんだ、夕陽の沈みかける砂漠でのロボット同士の対決になり、つまり、バビル2世のしもべであるポセイドンと、ヨミの遣わしたロボット・バランが相まみえる展開になる。しかし、なかなか決着がつかないところを、バビル2世の超能力をきっかけにして、終着をみることになった。

 

 これまで続いた、うす暗い塔内での描写には閉塞感が漂ってきたなかで、一気に屋外に出て開放感が打ち出されていく。このストーリーでは女性は一人も登場せず、人として、困難な場面をどうやって克服していくかの心理描写は、現代を生きるわれわれに大いなるヒントを与えているかのようだ(ただし、宇宙の黒ヒョウ・ロデムが人間の女性に化けるシーンを除く)。

 

 

 

 

「第14話 危うし!! 怪鳥ロプロス」

 

 舞台は北極。

 

 突如、北極に現れたメカニックな龍。現地住民の目撃証言がニュースとなり、それを知ったバビル2世はヨミの仕業と考え、さっそくロデムとともに北極へ向かう。

 

 そこには、シロクマやアザラシがいたが、ともに、ただの野生動物とは異なる様相を呈してした。現れた動物たちは、改造を受けた攻撃用の兵器と化しており、バビルたちに襲いかかる。そこに、追い詰められたバビル2世を救おうと、怪鳥ロプロスがやってくるのだった。

 

 しかし実は、メカニックな龍・ドラゴンは、ロプロスを倒すためにヨミの命令によって作られた怪物だった。そのロプロスをおびき出すためには、バビル2世を危機にさらす必要があると考えたヨミの作戦なのであった。

 

 おびき出したロプロスに、空中でロボット・ドラゴンが長い胴体で絡みつき、超高圧電流を流し続けることによって、ロプロスの大爆発をもくろむヨミ。これに対し、バビル2世は手こずりながらも、最後には海の守り神・ポセイドン(巨大ロボット)を呼び、助けを求める。

 

 何とか苦境を打開したバビル2世は、これまで敵から徹底的に苦しめられてきた怪鳥ロプロスに乗り反撃、敵の操るドラゴン型ロボットとの最期の空中戦に挑むのだった。

 

 

 ここでは、ほとんどが北極のオーロラが漂う中での孤独な戦いとなっている。メインのストーリーでは、北極を舞台に敵のロボット・ドラゴン、動物の姿をした攻撃用ロボットと、バビル2世たち以外には、だれも登場してこないというもの。このあたりが、バビル2世のみどころであり、ストイックで、無駄なストーリーがないと言われる所以なのだろう。

 

 日々、孤独な戦いに明け暮れるスターシードには、共感のために胸を打たれるストーリーであることは間違いないといえる。また、ドラゴンが敵という設定は、アセンションに取り組んできた多くの者にとっては、邪悪な龍型エイリアンのアヌンナキやレプティリアンを連想させられる。

 

 最後も喜びで終わらず、白夜で沈まない北極の太陽を眺めながら、バビル2世と宇宙黒ヒョウのロデムが、とても印象的な言葉をかわし、そこで終わるようになっている。

 

 

 



 

「第21話 赤ちゃんは超能力者」

 

 バビル2世と同等の超能力を持つ赤ん坊が、日本のとある都市に生まれた。

 

 それを知ったヨミは、赤ちゃんを仲間に引き入れ、その超能力を利用して天敵バビル2世を倒そうと企てるのだった。

 

 赤ちゃんに催眠術をかけた上で、ロプロスとポセイドンにバビルの塔を攻撃するよう命じるヨミ。すんでのところで防ぐことに成功したバビルは、赤ちゃんをヨミから奪還するために旅立つ。

 

 

 人気のストーリーとなっている。

 

 

 

 

「第23話 死霊からの招待」

 

 バビルの塔にいるバビル2世のもとに、強力なテレパシーが届く。それは、時間がないからすぐに私のもとに来てくれ、というものだった。コンピューターで解析した結果、テレパシーの発信源はアイスランド方面とわかり、さっそくバビル2世は宇宙黒ヒョウ・ロデムをつれて飛び立つのであった。

 

 バビル2世が地元住民から教えてもらったザルツ博士の住居に着くと、不思議なことに、そこに入り口はなかった。これはきっと、とてつもない超能力者に面会できる好機であると期待するバビル2世。しかし、いまだに聞こえてくるザルツ博士のテレパシーに導かれた方法で家の中に入ると、そこにいたのは、ザルツ博士の死骸だった・・・

 

 死後もなおテレパシーで生者と交流できるのは、博士が発明した「精神増幅機」というノートパソコン状の機械のおかげだった。その発明を、だれが特殊な能力者に受け継いでもらいたいというダイイング・メッセージにほかならなかったのだ。

 

 いっぽう、バビル2世のライバル、悪の帝王ヨミにもザルツ博士のテレパシーは届いていて、ヨミも部下を派遣し、その装置を奪いにかかる展開に。

 

 

 赤鬼型のロボット・ガゼルの攻撃に絶体絶命のバビル2世を救ったのは、肉体は死んでいるがわずかに思念だけは残っていたザルツ博士だった。みずからの発明が、悪魔的な存在の手に渡るのを嫌った博士の怒りが「精神増幅機」を通して天に届き、アイスランド一帯は恐るべき状態になり、バビル2世やロデムばかりでなく、地元住民までも巻き込まれる壮絶な状況を迎える。

 

 戦闘シーンというよりもシナリオが優秀で、考えさせられる作品に仕上がっている。

 

 

 

 

「第24話 永遠の都 凍れるゾロウ」

 

 古代に栄えたとの言い伝えがあった地底都市ゾロウを偶然発見したヨミの部下・ゴルダ。この都市は凍ったままの状態で滅びていった謎の古代文明であったが、ここで特殊な光線を浴びて、超能力を得たゴルダは、バビル2世をおびき出すために、海や空で大暴れし、破壊工作を繰り広げていく。

 

 バビルの塔にあるコンピューターからのアドバイスで地底都市ゾロウを割り出したバビル2世は、ロデムといっしょにゾロウを訪れ、謎を解こうとするが、すぐにはわからない。

 

 ゾロウでの光線によって、通常の人の眼には映らないほどの超高速で動き回れるようになったゴルダは、船舶の中を決闘の場に選んだと通告してくる。そこに果敢に乗り込んだバビル2世だが、相手の動きが速すぎて手も足も出ない。

 

 

 正義の怪鳥ロプロスに乗って、船から脱出したゴルダの操縦するホバークラフトを夜空に追跡するバビル2世。しかし、これも、ゴルダの高速移動術によりロプロスが封じられ、為す術が見つからない。

 

 ところが、ここで、まったく予期していなかった事態がゴルダの身体に発生し、急転直下、予想外の展開となっていく。

 

 

 最後にバビル2世がモノローグ(心の中での声)で語る言葉は、文明と科学力に驕れる人類全体への教訓ともなるであろう。

 

 

 

 

「第31話 死霊の馬 ブルーペガサス」

 

 ある日の朝、バビル2世が住み込みで暮らしている北海道の牧場で、飼っている馬たちがいななき始め、騒動が起きていた。

 

 そこには、見慣れない「翼の生えた青い馬」が1頭紛れ込んでいたのだ(バビル2世が北海道の牧場で暮らす設定になったのは、第2クール(第14話~第26話)が終了した、第2クールの冒頭第27話から)。

 

 その馬は眼帯をしていて、片目だけが見えている状態であり、その目を見た者は洗脳され操られるという催眠効果があるうえ、さらに翼によって空を飛ぶこともできるため、牧場の馬たちは誘導され、青い馬の後を追い、海の中に潜らされてしまう。間一髪のところでバビル2世は馬たちを救出するが、その原因は謎として残っていた。

 

 ところがある夜、牧場主の老人が、青い馬、ブルーペガサスに導かれて海岸にさまよい出て、あやうく断崖絶壁から転落しかけているのを発見したバビル2世はついに、その馬の片目から放たれる特殊なエネルギーが原因となって怪現象が起きてきたのだと推測する。

 

 老人を救出し、青い馬ブルーペガサスにロープをかけて追跡するバビル2世だったが、空を翔ける馬のあまりの速さに途中で気を失ってしまい、ヨミの部下の秘密基地内に、馬とともに収容されてしまうのだった。

 

 そこに、意識の戻りかけたバビルのテレパシーに反応したポセイドンが現れ、なんとか基地から脱出することに成功したバビル2世。しかし、その先には、青い馬に乗った敵が待っていた。敵に対し怪鳥ロプロスとともに戦うバビル2世は、空中での戦闘中にようやく青い馬の秘密に気づき、ロプロスに命じて、ある行動に出るのだった・・・

 

 

 ここでは、ラストの場面で、思いもよらない感動が待っていて、美しい終わりかたをするストーリーとして、すばらしい出来映えを誇っている。敵を倒さずに勝つ方法、平和裡に戦いを終結させる方法を暗示している。

 

 しかし、「片目だけの状態では、悪に操られる」というのは、有名な闇の勢力の象徴である「プロビデンスの目」を意識して描かれているのかもしれない。ここでも、アセンションをめざしてきた者は、時間差をおいて、バビル2世との共通項を発見させられるのである。

 

 

 



 

「第37話 謎のイプシロン星人」

 

 11光年のかなたから地球にやって来たというUFOの大群。

 

 世界各国の軍事基地に着陸したUFOのなかから現れた、美しい宇宙人女性は、ロボットを連れて、地球の軍隊が送り込んだ戦車の砲口を、特殊な光線を浴びせて変形させ使い物にならなくして、自分たちは武力に反対する平和的な宇宙人、イプシロン星人であるとのパフォーマンスを示すのだった。

 

 この場面は、あきらかに西暦1951年にアメリカで製作された映画『地球の静止する日』の冒頭で、男性宇宙人のクラトゥが、ロボットとともにUFOから降りてきて、同じく地球の軍隊の武器を無力化する場面から着想していることがわかる。

 

 

 その後、バビル2世は、この宇宙人が世界の主要都市の軍事基地にばかり着陸するのを怪しみ、直接、ロプロスとポセイドンを率いて海岸沿いに停泊中のUFOに向かっていった。

 

 そして、ついに宇宙人の正体が明かされる。ロプロスとポセイドンがUFOから発せられた謎の泡で包まれて身動きが取れなくなり、絶体絶命のバビル2世を、ある動物が救いに現れる・・・

 

 

 この話はとてもまとまりがよく、ドラマ性に富んだ作品である。さきにみたように、アメリカのロバート・ワイズ監督の名作SF映画『地球の静止する日』を土台にしていることもあって、たんなる戦闘シーンの描写の連続とちがい、ぐいぐいと引き込まれていく。

 

 もともと、バビル2世も宇宙人の子孫であるとされているものの、ふだんから超能力は行使するとはいえ、すっかり地球での生活に慣れていて人間らしくなっており宇宙人との交流はいっさいないバビル2世こと古見浩一が、自称宇宙人の女性の正体を見破るまでの心理描写は秀逸といえる。スターシードの苦悩を、台詞よりも表情で心憎く描き出している場面になっている。

 

 

 

 最後の場面では、古見浩一と名乗って北海道の牧場に住み込みで暮らしているバビル2世の正体にうすうす気づき始めたある人物が、アイコンタクトで、それをバビル2世に伝えるシーンがあり、いよいよ最終回も近いことを暗示している。

 

 このあと、第38話、第39話を以て最終となるが、内容的には、こちらの第37話のほうが凝縮した魅力があると思われる。

 

 

 

なお、ネタバレ防止のため、ご紹介したすべてのストーリーについて、詳細やオチの部分は意図的に省略してありますので、その先に関心のある方は、DVDや動画等で直接ご覧になることをおすすめします。

 

 また、どんなアニメや映画作品でもあり得ることですが、場面により、点滅がございますので、注意してください。わたしが観たかぎりでは、それによって体調を崩したことは一度もありませんが、そのようなことで体調を崩される可能性がある体質の方は、部屋や画面の明るさの調節を事前の行なうなどの措置を講じた上でご鑑賞願います。

 

 上記では、当サイトのいつもの「です、ます調」ではない断定の「だ、である」のほうの調子で書いてみました。説明文における文章としては、こちらのほうが読みやすいと感じたからです。

 

 

 第1話から最終回まで観たければ、Amazonプライムビデオに加入するか、DVDを購入するしかありません。わたしは、完全DVDセットを持っています。

 

 なお、Amazonプライムビデオでは、旧作と新作の両方が表示されるようですけれども、この記事で紹介しているのは、西暦1973年版の旧作のほうですので、お間違えのないようにお願いいたします。

 

 

 

 今回のように特定の回だけ観る場合は、Amazonプライムビデオを選びましょう。

 

 ですが、1話につき、110円の料金が発生します(西暦2023年9月現在)。Amazonでは数ヶ月おきに、無料で観られる作品が入れ替わります。たとえば、ある年の1月~3月まで無料で観られた作品が、4月~6月期には有料(といっても、1話につき100円程度が標準)に分類され、さらにその後、ふたたび無料化され、しばらくしてまた有料化、といった具合です。

 

 いずれにせよ、わたしたちがこれから次元上昇するにあたって、善悪二元論が支配的だった3次元をおさらいするにはうってつけの作品であることには違いないので、料金云々の次元ではなく、スターシード必見とも言いたいぐらい、おすすめしたいアニメ作品であります。

 

 

 

音楽が、ショスタコーヴィチ風で、当時としては前衛的である

 

 戦闘シーンで、バビル2世やしもべたちがピンチに陥ったときに流れる音楽(BGM)のうち、重厚な音を出す金管楽器であるトロンボーンとテューバの下降音型で始まり、次にやや音調の明るいトランペットが出てきて、それをシロフォン(木琴のような打楽器で、小太鼓のようにリズムを刻む)のこまやかな動きが支える曲は、とても印象的で、独特の緊張感を生み出すのに役立っています。

 

 具体的な例を、2つ、挙げましょう。

 

アニメ版『バビル2世』の第10話「必殺ロボット・バラン」

 

2枚目のDVDで、通算タイムが、01:08:03(1時間08分03秒)の場面で流れる音楽。

 

・バビルの塔内に侵入したロボット・バランが鉄球を振りかざして、次々とシールドを突破し、バビル2世が治療カプセル内で休息している、メイン・コンピューター室に近づいていくシーンで使われる。

 

 

 

 

アニメ版『バビル2世』の第37話「謎のイプシロン星人」

 

・6枚目(最後)のDVDで、通算タイムが、01:28:31(1時間28分31秒)の場面で流れる音楽。

 

・海岸にて、バビル2世のしもべである巨大ロボットのポセイドンが、謎のUFOをつかまえようとしたときに、相手の強力な磁力のために手が離れなくなり、UFOにつかまったまま空高くつり上げられ上昇し、ピンチを迎えるシーンで流れる。

 

 

 

 

 

 わたしはバビル2世を観ていて、この曲を聴くとき、必ず思い出さずにはおかない曲があります。それが、旧ソヴィエト連邦の作曲家、ドミートリ・ショスタコーヴィチ(西暦1906~1975)の作品です。

 

 アニメ版『バビル2世』が製作されたのは、西暦1970年代のはじめであり、まだショスタコーヴィチは存命中で、全盛期は過ぎていたものの、それまでに生み出した音楽作品の評価は海外でも高まるばかりの状況にありました。

 

 ここで、当時アニメ版『バビル2世』の音楽分野の製作に携わっていたスタッフの方々が、どのような意図をもっていたのかは知る由もないのですけれども、もし、当時、ショスタコーヴィチを知っていて書いたのであれば、とても前衛的な曲作りの姿勢だったと言わざるを得ません。

 

 というのも、わたしがアニメ版『バビル2世』鑑賞時に連想する曲である、ショスタコーヴィチの『交響曲 第4番 ハ短調』が日本国内で初演されたのは、なんと西暦1986年7月20日、新宿文化センターにて、という記録があります。つまり、バビル2世が製作されていた西暦1970年代初頭には、まだ日本で演奏されたことがなく、海外から輸入したレコードか、ラジオ放送でかろうじて聴くことができた程度だったというのに、その音響は、ショスタコーヴィチに酷似している、というわけなのです。

 

 曲自体は、演奏時間が1時間程度と長いので、とりあえず、酷似している『交響曲 第4番 ハ短調』の第1楽章の冒頭だけ、ご紹介しておきます。

 

 

「Amazonミュージック・アンリミテッド(Unlimited)」の会員様のみ、下記をクリックすると、直接、曲のあるアルバムを検索できます!!

 

 最初に、Amazon公式ホームページのアカウントが表示されますので、そこから入って表示されるアルバムの中から、ご紹介した曲を選んで、左端の再生ボタン(▶)をクリックしてください。

 

 

 下記をクリックすると、曲のアルバムが表示されます(会員様限定です)。

 

 

◎第1曲目にあるのが、今回の楽曲です。冒頭の「0:00」から「1:29」あたりまでをお聴きください。バビルの音楽と比べてみてほしいと思います。

 (Amazon側の都合で、曲の掲載順序は変更される場合があります)

 

 

 上記の演奏は、わたし個人の好みというより、音楽評論家たちからも評価の高い演奏を選んだまでの話です。西暦1994年11月、フィラデルフィア管弦楽団の地元、フィラデルフィアにて収録された、ショスタコーヴィチの同曲の歴史的録音と言われているもので、特に演奏の難易度の高い冒頭の切れ味が抜群だと評されているものです。

 

 第1楽章のはじめから、1分29秒あたりまでが、聴きどころです。

 

 お好みでしたら、その続きもお聴きになってください。

 

 しかし、同じ調性音楽とはいえ、古典派のモーツァルトやベートーヴェンとはかけ離れた音調で、形式もソナタ形式の原理を土台にしながらも極限まで拡大された形になります。ショスタコーヴィチは、チェコの大作曲家、グスタフ・マーラーを尊敬していただけに、音作りも似かよってくる結果となったのでしょう。

 

 一般に、ショスタコーヴィチの『交響曲 第4番 ハ短調』という作品は、第1楽章が約27分、第2楽章が約8分、第3楽章が約25分と、トータルで、約60分の演奏時間を要する大曲です。

 

 

 

 ピッコロとはじめとする木管が序奏を担い、シロフォン(木琴)がリズムを刻みます。その後すぐに、トランペットとトロンボーンが、弦楽器主体のオーケストラとユニゾンで主旋律(第1主題)を奏していくのですが、ここでの楽器編成が、上記アニメ版『バビル2世』のピンチの場面で流れる音楽と非常に性質の面で似かよっています。旋律がそっくりなわけではありませんけれども、そこに漂う不気味な感じと、そこはかとない寂寥感、そして魔神的な力強さに、共通のものを感じ取ります。

 

 

 この曲の作曲を始めた当時、ショスタコーヴィチは29歳で(西暦1935年)、スターリンを中心とする旧ソヴィエト連邦の社会主義勢力から批判された者は、党の幹部でさえ即刻処刑を受けるといった、粛清の嵐が吹き荒れる恐怖時代でした。

 

 ショスタコーヴィチの知人や友人の芸術家さえも連行され、死刑に処せられていた事実があり、もちろん、ショスタコーヴィチ本人もそのニュースを知っていましたから、当局に連行され処刑、という憂き目は決してひとごとではないと痛感していたにちがいありません。

 

 西暦1936年、ちょうどショスタコーヴィチが『交響曲 第4番 ハ短調』を作曲していた頃と同時期に、党の機関誌『プラウダ』上に、匿名ながら当時の旧ソヴィエト連邦における最高指導者スターリンが筆を執ったと思われる論文が掲載され、それは、驚くことに、上演されていたショスタコーヴィチの歌劇を「荒唐無稽で、反社会的だ。」として痛烈に批判する内容のものでした。

 

 それを知ったショスタコーヴィチは、完成したばかりの『交響曲 第4番 ハ短調』をすぐさま発表した場合、スターリンら党幹部が自分の音楽作品中に不穏なものを聴き取り(もちろん、作曲者本人に社会への反抗心がなくても、権力側から一方的に危険人物の烙印を押されるおそれはいつでも存在していた)、みずからも処刑される可能性があると判断し、曲の発表を取り下げました。

 

 そして、スターリンの死後(スターリンは西暦1953年に死去)もしばらく発表を控え、さらに8年も経過した西暦1961年になってようやく、25年前(西暦1936年)に完成していた『交響曲 第4番 ハ短調』を、世に送り出したのでした。

 

 じつに、曲の完成から25年の歳月、未発表の姿勢を貫き通さねばならないというほどの、剣呑(けんのん)な時代といえました。

 

 

◎ショスタコーヴィチ『交響曲 第4番 ハ短調』の概説

 

第1楽章の概説

 

 たしかにこの曲は、第1楽章の冒頭からしてホラー映画のような雰囲気ですし(上記アルバムの上から1番目【タイム 15:14】をクリックし、0:00~1:29 の部分、カッコウの鳴き声を模した不気味な主題は、世の不条理を示しています(同 10:27~13:36。この主題はさまざまな楽器に受け継がれて発展します。

 

 形式が定まらない中、激しいアップテンポの中間部(上記アルバムの上から2番目【タイム 11:50】をクリックし、0:00~)を経て、ようやく再現部らしい場面がよみがえります。まず冒頭主題が(同 5:34~)、続いて、カッコウの主題が(同 7:45~)短く再現され、コーダに入ります(同 9:32~)。コーダでは、小太鼓が刻むリズムの上に、ファゴットが第1主題を奏していきます。

 

 

※上記コーダの導入部分では、音量が小さくなるので、調整するか、しっかりしたヘッドフォンで聴かないと、音楽が聴き取れないかもしれません。ただし、そのままの(大きくした)音量で聴き続けて、急に音が大きくなる箇所にさしかからないよう、ご注意ください。

 

 

(第2楽章は、省略)

 

 

第3楽章の概説

 

 さらに、終楽章(第3楽章)の中間では、第1楽章のカッコウの主題(上記アルバムの上から5番目【タイム 18:41】をクリックし、0:00~)のあとに、チャップリン風のおどけた旋律のかずかずフルートとピッコロが冗談のように戯れながら(発展的にではなく)並列的に並べられて続きます(同 3:31~)

 

 さすがにこの部分は党幹部からの批判(=死に直結しかねない)の対象になるのではないかと、作曲者ショスタコーヴィチが懸念したのも無理からぬ話です。

 

 そして本来ならば明るく終わる終楽章も、いったん終了間際で盛り上がり(同 12:04~)、曲もいよいよクライマックスを迎えて、人生の勝利の凱歌を歌い上げるのかと、いったん期待させられる場面です。が、シンバルの一閃により、凱歌のように聞こえる場面は、終わりを告げることになります(13:47~)

 

 

 その後、物憂い旋律が続き、やがてチェレスタの悲しい響きで去りゆくように閉じられます(16:50~18:41)チェレスタは鍵盤楽器に分類される楽器で、教会など残響音が出やすい場で弾いたピアノの音色と、木琴の音色をあわせたような印象を受ける音質です。

 

この(16:50~18:41)の部分は、少し音量を上げないと聴き取れない可能性があります。ですが、その場合、音量を上げた状態で、時間の経過を表すバーを戻して、凱歌が始まる付近(12:04~が再生されると、音が大きすぎることになりますので、そのあたり、くれぐれもご注意ください。)

 

 

 ここは、当時の旧ソヴィエトを生きた庶民の絶望的な気分とも解せられなくもない箇所で、権力側にとっては、危険な芸術とみなされてしまう可能性がつよい状況でした。

 

 意味深長な最後の局面でのチェレスタの響きを、どう受けとめればよいのでしょうか。この寡黙な表現は、多くの語を費やすよりもはるかに雄弁に、重要な案件を物語っているようにも響きます。

 

 

 ちなみに、ショスタコーヴィチの作品で最も人気の高いものの一つである、『交響曲 第5番 ニ短調』第1楽章のコーダ(終結部)でも、チェレスタが意味ありげな旋律を奏して終わっていきます。また、最後の交響曲となった『交響曲 第15番 イ長調』でも、終楽章の終わりを告げるのは、ほかでもないチェレスタで、ただしそこでは、これまでと異なり、不気味さや物言いたげなそぶりはなく、晩年の澄みきった諦観のようなものが、チェレスタの使用法に浮き彫りになっています。

 

 

(※注)上記紹介のアルバムでは、Amazonでの表示に誤りがあります。

 

 西暦2023年8月現在でのAmazonの表示は以下のようになっています(その後、修正されるかもしれません)。

 

(誤)第1楽章 15:14

(誤)第2楽章 11:50

(誤)第3楽章   8:08

(誤)第4楽章   6:39

(誤)第5楽章 18:41

 

 しかし、この作品は、第3楽章までしかありません。速度指定が変化するところで区切ると、5つの部分に分かれますが、正確には以下のとおりです。

 

(正)第1楽章(前半) 15:14

   第1楽章(後半) 11:50   第1楽章 合計 27:04

 

(正)第2楽章       8:08   第2楽章 合計   8:08

 

(正)第3楽章(前半)   6:39

   第3楽章(後半) 18:41   第3楽章 合計 25:20

 

 鑑賞にあたり、お間違いのないようにお願いします。

 

 

 

 

 また、時代も地理も遠く離れているような気はしても、よくよく考えてみると、アセンションの公式認知が遅れている状況下での、わたしたちの立場に似ていなくもない、という気がしてこないでしょうか?

 

 宇宙人の存在やアセンションを語ると、ふつうから外れた危険な人だと思われる雰囲気は、いまだに世にはびこっているようですし、なかなか表立って真実が語られないもどかしさを、多くの人たちが感じなから、それでいて口をつぐんで暮らしているとしたら、わたしたちとショスタコーヴィチのあいだに、どんな違いがあるというのでしょう?

 

 アメリカで製作された映画『K-PAX 光の旅人』では、自身をK-PAX星からやってきた宇宙人だと語った主人公が、異常な人物だとして精神科に送られてしまうのですが、これは決して映画のワンシーンではなく、現実に起きている事件を映画化したもの、と捉えるべきではないでしょうか。ショスタコーヴィチが、いつ自身も国内の強制収容所に送られるか知れたものではないとして戦々恐々と過ごしていた日々は、この惑星地球におけるスターシードたちが送る過酷な日々と、相通じる点があってもおかしくないのです。

 

★映画『K-PAX 光の旅人』から、スターシードの生き方を探る★

 

 

 その意味では、ショスタコーヴィチの音楽は長大でやや難解ではありますが、心理的には比較的受け入れやすいところがあるように思います。

 

 また、それだけ過酷な状況下で作曲されたショスタコーヴィチの曲と、『バビル2世』で使われる音楽が酷似しているというのは、この作品がたんなるヒーローアニメと比べて異次元と言えるほどのシリアスさを持ち、年齢に関係なく人として真剣に生を全うせんとする者の心を打つような、深い性質を秘めている証左だと思えてきます。

 

 

 今回は、音楽の紹介ではありませんので、このあたりにして本線復帰しますけれども、いつか、もし時間が許すならば、ショスタコーヴィチの音楽についても、記事内で取り上げてみたいと考えています。

 

 もし、上記ショスタコーヴィチの『交響曲 第4番 ハ短調』に興味を持たれた方は、演奏時間は約60分ですが、気晴らしのBGMがわりに、時間のあるときに聴いてみるとよいでしょう。

 

 上記のAmazonのリンクカードから入れます。

 

 ただし、ここで、元来この曲は、第1楽章、第2楽章、第3楽章までしかないのに、Amazonの表記では、第1から第5楽章に分けられており、これは誤りです。

 

 画面の左端に表示されている番号1と2があわせて「第1楽章」であり、番号3が「第2楽章」、番号4と5をあわせて「第3楽章」が正解です。お間違いのないようにお願いします。

 

 ただ美しいだけの音楽とはまた別の発見があるかもしれません。旧ソヴィエトの恐怖時代(第1次世界大戦~ロシア革命~第2次世界大戦)を生き抜いた作曲家ドミートリ・ショスタコーヴィチの音楽に共鳴するところは、あるでしょうか?

 

 

 とにかく冒頭の音楽が、アニメ版『バビル2世』で使われる音楽に酷似しているというところから始まり、話が別の領域で熱くなってしまいました。

 

 

 さて、それでは、このあたりで本題のバビルに戻りましょう。

 

 

 

主人公は、身近な人たちに正体を隠しながら戦う

 

 国家保安局長らにはみずからバビル2世です、と名乗り出て、対面して協力しながらヨミと戦うものの、基本的に、主人公バビル2世は身近な人たちには正体を隠しながら戦うのが、このアニメの特徴です。

 

 スターシードという概念すら知らない人々の多い現在の地球で、孤独な生涯を送っているスターシードたちは、そうとは知らずに、このバビル2世と同じ運命を歩んできたのかもしれません。

 

 そういう意味でも、共感の持てる作品ではないでしょうか?

 

 また、個人的な話になりますが、この作品が放映されたのが、西暦1973年であり、ちょうどこれは、わたしの生まれた年でもあります。さらに、第27話から、戦いの舞台が、わたしの生まれた北海道に移されているのも偶然の一致でしょうか・・・こうして、光と闇の戦い、地球の次元上昇についてのサイトを開設しているわたしの運命を先取りして製作されたかのようなめぐり合わせに、不思議を感じてしまいます。

 

 

予告編のロデムの声が、カッコいい!!

 

 1つのストーリーが終わると、予告編が流れます。

 

 このとき、ロデムの声を担当している声優の、しぶい声がナレーションとして入ります。この緊張感を醸し出す、いぶし銀的な声色は、とても観る者から好評をかちえています。

 

 予告編で流れる音楽は、エンディングに流れる副主題歌のメロディで、歌はなく楽器のみの演奏になっております。声の部分をトランペットが奏していて、これもなかなかかっこいい切れ味のよさを誇る演奏です。

 

 (近年亡くなられた)水木一郎さんの歌うバビル2世の主題歌は、永遠に歌い継がれるでしょう。この主題歌の収録時に、水木一郎さんは風邪をひいていて、思うように声が出なくて苦戦した、と、後に回想しています。が、それなのにこの音量と節回しのうまさですから、プロの意地というものなのでしょうか。脱帽します。『バビル2世』の主題歌は、ヒーローアニメの中でも人気が群を抜いていて、人気投票でいつも上位を占めています。あらためて、ご冥福をお祈りします。

 

 

 とにかくアニメ版『バビル2世』は主題歌、副主題歌ともに、とても真摯で、品がよく、アニメーションも非常にかっこよく仕上がっていますね?

 

 オープニングの主題歌で、怪鳥ロプロスが、敵の砲台を踏みつぶして破壊したあとに、カメラ目線になるのですが、ちょうどそのロプロスの目のところに、当時流行していた「たのしい幼稚園」という雑誌名が表示されているのがおもしろいですよね。これから(アニメ本編で)命がけで悪と戦うというのに、幼稚園かよ、と、思わずほほえんでしまいます。

 

 

スターシード・インディゴ・クリスタル・レインボーチルドレン向けコラム☆彡
 

 

 アセンションの成就についてはすでに決しているから、『バビル2世』における光と闇の戦いは、あくまでもストーリーとして体験するのみで、現実社会に投影するべきではないかもしれません。

 

 しかし、アセンションに向けた愛と勇気を学ぶ必要性はこれからもあり続けるため、スターシードとして必見のアニメだと言えるのはまちがいないところです。

 

 

 今回は、全39話のうち、印象深い7話のストーリーを放映順に紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

 

 古見浩一ことバビル2世が正体を隠して、孤独に、3つのしもべたちと戦う姿はいつ観ても感動しますし、日本語をしゃべれる黒ヒョウのロデムは何にでも変身(=シェイプシフト)することができ、ときに、バビル2世に変身して敵の目をあざむくことさえもやってのけます。

 

 また、宇宙黒ヒョウのロデムは、悪の帝王ヨミに誘拐され脱出を図ったさいに瀕死の重傷を負った博士のそばに付き添い、博士の娘に変身し自分は健在だと述べる場面があります(第12話)。

 

 が、このとき、博士が誘拐されていたあいだに、すでに博士の娘は別な場所で事故に巻き込まれ他界していました。博士の荷物の中にあった親子で映っている写真をみつけたロデムが機転を利かせて、誘拐されていたためにいまだ娘の死を知らない博士の臨終のさいに、娘に化けて生きているかのように振る舞い最後の思い出を演出するのでした(その直後、安心したのか、博士は亡くなります)。このあたりの描写は、とても美しく、原作のハードボイルド漫画には求められない高貴な性質といえます。

 

 

 あと、トンボ学生服のような中学生の男子が着る学生服を着ながら、超能力を使って悪と戦うというのも、おもしろいですね? そのまんまかよ、と思います。が、途中から、戦闘時には専用のスーツを着用するようになり、かえって「なんで学生服ではないのか」と寂しさを感じたりもします。後半から思うと、ストーリー初期の「学生服のまま戦うバビル2世」のほうが魅力的な気もしてきます。

 

 

 さて、感動はここに書ききれないほどありますので、あとは、みなさんがご自身で鑑賞して、お確かめになってください。この作品は、昭和のアニメの最高傑作と言えるでしょう。勧善懲悪の単純な図式のヒーローアニメとはちがう深さ、素朴さ、それに爽やかさが秘められています。

 

 

 ここでひとつ、お伝えしておきたいのは、わたしがアニメ版『バビル2世』に夢中になったために、SF的な世界に憧れ、誰かの唱えたアセンション説にのめり込んでいったわけではない点です。

 

 ここだけは何度強調してもしすぎることはないと思っています。これとはまったく別の動機づけによって、わたしはアセンションの取り組みをスタートさせています。もちろん、深い領域では、まったく無縁というわけではなく、むしろ占星術的な世界ではゆかりがありそうだとはいえ、これがきっかけではないことをおことわりしておきます。

 

 

 さて、いろいろと書き連ねてまいりましたけれども、ここでもし、天国に1つだけアニメ作品を持って行けるが何がよいかと問われたとしたら、わたしは迷うことなく、『バビル2世』を選ぶでしょう。

 

 

 多くの人が、アセンションに必要な愛と勇気を、この作品から学び取れるのではないでしょうか。すでに地球の進路は決まっているとはいえ、他人任せにしないで、本作品を鑑賞することで正義と悪それぞれの視点から心的な追体験に浸るのは、たいへん有意義なものだと確信しています。

 

 

 

 

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