【世にも美しい波動の上がる音楽 23】 クラリネットが麗しい、魅惑の音楽 3選!! 「ウェーバー:クラリネット五重奏曲 第1楽章」 「モーツァルト:クラリネット五重奏曲 第2楽章」 「ブラームス:クラリネット五重奏曲 第4楽章」 +「モーツァルト:交響曲 第39番 第3楽章」
- 【世にも美しい波動の上がる音楽 23】 クラリネットが麗しい、魅惑の音楽 3選!! 「ウェーバー:クラリネット五重奏曲 第1楽章」 「モーツァルト:クラリネット五重奏曲 第2楽章」 「ブラームス:クラリネット五重奏曲 第4楽章」 +「モーツァルト:交響曲 第39番 第3楽章」
- 明るい気持ちで過ごすために、音楽は必要
- クラリネットの歴史
- ウェーバー:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 から、第1楽章
- モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 から、第2楽章
- ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115 から、第4楽章
- モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 から、第3楽章
- まとめ
明るい気持ちで過ごすために、音楽は必要
世の破滅を願う低級霊が悪辣な予告をしてくる局面にあって、みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
しかし、それにもかかわらず地球はきょうも進化を続けていますし、どんな悲観的な予言も、妨害も、究極には通じません。
ということで、やはり、日々、音楽で明るい気持ちを盛り上げていこうというコンセプトに基づいて、音色からして可憐で陽光がさしてくるかのようなクラリネットを使用した楽曲の特集記事を組んでみたいと思いました。
未来は明るいのだから、いまを生きるわたしたちも、明るい気持ちでいるのが自然ではないでしょうか。
それでは、さっそく、クラリネットの歴史から、ざっとみていきましょう!!
クラリネットの歴史
クラリネットという楽器が登場したのは比較的最近の出来事でした。
時期でいうと、18世紀初頭あたりであり、モーツァルトが活躍していた18世紀後半に改良が重ねられ、徐々に音楽作品に浸透してきました。
透明感があり、まろやかで、深みのある音色は、その後、好んでオーケストラに取り入れられるようになりました。いっぽうで、独奏楽器の地位も固め、協奏曲や五重奏曲、三重奏曲などが書かれるようになっていきます。
★クラリネットの語源は、トランペットの前身のような楽器である「クラリーノ」という楽器の音色に類似しているところに由来しているのではないか、と言われています。
たしかに、高音域ではそのように似て聴こえはしますけれども、中低音ではクラリネットのふくよかなゆとりある響きは、クラリーノでは得られないものであるにちがいありません。
もちろん、クラリーノ、あるいはトランペットの、楽曲のクライマックスにおけるファンファーレ的で盛大な響きをクラリネットで表現するのは難しいですし、これについては優劣を決める問題ではなく、それぞれの楽器に特有の個性を活かして、使い分けられてきた歴史があります。
また、クラリネットはクラシック音楽以外にも、ジャズやその他のジャンルで幅広く活躍している楽器でもあります。
きょうは、そんなクラリネットの音響を最大限に活かしたクラシック音楽を選んでみました。
どの曲も個性が異なり、当然そうなるとクラリネットにも独特の役割が与えられていると言えそうです。さて、いったい、クラリネットを使用した楽曲とは、いったいどんな曲調なのでしょうか。気になりますよね?
では、さっそく、行ってみましょう!!
ウェーバー:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 から、第1楽章
カール・マリア・フォン・ウェーバー(西暦1786~1826、ドイツ)は、歌劇『魔弾の射手』などの成功により将来を期待された作曲家であり、古典派からロマン派の橋渡しをした重要な人物と音楽史ではみなされています。
この曲は、西暦1815年に初演された、ウェーバーの作品中でも人気の高い楽曲です。殊に、第1楽章が傑出しています。そこで、ここでは第1楽章だけを取り上げます。
もちろん、クラリネットと、弦楽四重奏の組み合わせです。
一点の曇りすらない、晴れ渡った快晴の空を思い浮かべるのは、わたしだけでしょうか? 幼かった頃に見た空でもあり、これから高次元で見ることになる空でもある、そんな不思議な感傷がよぎる楽想ではあります。
形式も、ソナタ形式のため、わかりやすく、安心して鑑賞することができます。
ウェーバー:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 から、第1楽章
演奏時間 7分38秒
曲の形式 : ソナタ形式
アレグロ(快速に)
変ロ長調
①提示部 第1主題 : 0分00秒 ~ 1分22秒
★弦楽器で静かに歌い出される主題は、まもなくクラリネットによる、のびやかな旋律に引き渡されます。しばらく弦とクラリネットの対話が続きます。
②提示部 第2主題 : 1分23秒 ~ 3分07秒 (コデッタを含む)
★低弦のチェロの音色とクラリネットが明るい響きをもたらし、コデッタに続きます。
③展開部 : 3分08秒 ~ 4分39秒
★展開部は短調にかげりますが、やがて低弦の長く引き伸ばされた音型から、再現部が導かれます。
④再現部 第1主題 : 4分40秒 ~ 5分21秒
⑤再現部 第2主題 : 5分22秒 ~ 6分28秒 (コデッタを含む)
★提示部とは異なり、クラリネットが第2主題を奏します。
⑥コーダ(終結部) : 6分29秒 ~ 7分38秒
★コーダ後半でクラリネットが活発に響き、最後に冒頭主題の断片を回想して閉じられていきます。
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◎上から、1番目に表示されているのが、ウェーバー:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 から、第1楽章になります。
(Amazon側の都合で、順序が変更になる場合があります)
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 から、第2楽章
アントン・シュタードラーというクラリネットの名手のために、西暦1789年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(西暦1756~1791、オーストリア)が書いた作品が、『クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581』です。
モーツァルトは、彼の活躍した時代にようやく出現したクラリネットという楽器の美点をいち早く察知して、簡素ながら心にしみる音符を記していきました。
ほんとうは、第1楽章や最終楽章(=フィナーレ、第4楽章)も素晴らしいのでご紹介したいところですけれども、長くなってしまうため、今回は、この曲から、第2楽章だけをご紹介しましょう。
全曲については、今後、考えようと思います。こちらの五重奏曲よりも、『クラリネット協奏曲 イ長調 K.622』のほうが、アセンションを志すみなさんと共有したい気もしますし、迷うところです。時間が許せば、両方とも書きたいのですが、はたして、今後アセンション的な側面での展開がどうなるかによって、わたしの音楽記事に対する思い入れも変わってくると思うので、そのあたりは、わたし次第になるかと思われます。
この曲も、クラリネット独奏と弦楽四重奏(=第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)による編成になっています。
この曲の第2楽章は、基本的に、三部形式で成り立っており、わかりやすい構成に仕上がっています。
曲想はシンプルそのものですが、よく言われるように、だれにでも思いつきそうなフレーズなのに、モーツァルトにしか書き得ない音楽である、といえる典型的な例といえる楽章です。ぜひ、モーツァルトの真髄を体験してみましょう!!
前置きが長くなりました。さっそく、行ってみましょう!!
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581から、第2楽章
演奏時間 5分55秒
曲の形式 : 三部形式
ラルゲット
ニ長調
①第1部 : 0分00秒 ~ 1分58秒
★典雅な主題がクラリネットで登場します。やがてヴァイオリンの下降する音型(1分21秒)からクラリネットへと気品のある応答がなされます。
②第2部(=中間部) : 1分59秒 ~ 3分22秒
③第3部 : 3分23秒 ~ 5分24秒
★静謐に、第1部の主題が回帰し、どこまでもけがれなく響きます。
④コーダ(終結部) : 5分25秒 ~ 5分55秒
★短い終結部によって、きよらかな夢幻のような境地が閉じられていきます。
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◎第2曲目にあるのが、モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 から、第2楽章になります。
(Amazon側の都合で、曲の掲載順序は変更される場合があります)
心の底からきれいにされていくような、天上界を垣間見る雰囲気のうるわしい楽曲でした。演奏が終わらないでほしいと願わずにはいられないような、たぐいまれな美しさを誇る音楽です。
ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115 から、第4楽章
さて、明朗なウェーバーの五重奏曲、それに続きモーツァルトのやさしい音色、と来ましたので、ここで、渋く、諦念を感じさせる作品として、ヨハネス・ブラームス(西暦1833~1897、ドイツ)の『クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115』に目を向けてみましょう!!
ブラームスは、ほぼ独身で生涯を終える覚悟ができたと思われる年齢になって、もう新しい音楽形式に着手する意気込みをなくしてしまった、と周囲に打ち明けていました。
自分はもう新しいジャンルの音楽作品に手を染めるにはあまりにも年を取りすぎたので、小さい楽曲を作ったり、編曲の仕事をしたりしてみたい、などとブラームスは語っており、彼の当時の環境は、とりもなおさず、わたしを含めて、すでに若さを遠い昔においてきた年代の方にとっては、ひとごとならぬ状況ではないでしょうか。
なかなか新しいことを始める気力もなくなり、始めても長続きしない。ですが、ブラームスの場合と決定的に異なるのは、わたしたちにはアセンションが手に届く地点に来ていますから、19世紀を生きた人々より格段に恩恵を受けていると言えるでしょう。
しかし、そんななかでブラームスは、ミュールフェルトという優秀なクラリネット奏者と出会うことになって、音楽に秘められた新しい可能性を探求する気になり、西暦1891年、この五重奏曲が誕生したのでした。
ただ、そこではブラームス自身が20代で書き上げた『ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15』や、数十年の歳月をかけて自信をもって世に送り出した『交響曲 第1番 ハ短調 作品68』などにみられる力強さはすっかり影をひそめ、人生の哀愁やこの世との別れに寄せる気持ちを盛り込んだのではないかといわれるほど、音響的には晦渋(かいじゅう)な印象を与えます。
しかしながら、鑑賞する(聴く)さいに難しさは伴わず、長らく低波動の3次元世界の洗礼を受けてきた、ふつうの地球人の大人であれば、この哀愁の旋律に共感を持たれるのではないでしょうか。「この世界はやはり、仮の宿に過ぎないのだ。」
ブラームスは、キリスト教徒ながら、本気で死後の復活を信じることがなかなかできずに死んでゆくのでした。
その点、アセンションにおける宇宙創造主の存在を確信できているわたしたちのほうが、ブラームスや彼の同時代人と比べて気持ちに大いなるゆとりが生じているのは言うまでもないことで、この曲を聴いてたんに陰鬱な気分になって落ち込むこともなく、その反対にきっぱりと3次元との決別を宣言したくなるような気分になる楽曲だと思えるのです。「わたしは、使命を果たし終えた日には、仮の宿から、より暖かい、なつかしい場所へと還るのだ。」
ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115 から、第4楽章
演奏時間 8分21秒
曲の形式 : 変奏曲形式
コン・モート
ロ短調
変奏曲形式で、人生に対する諦念を徐々に深めていくかのように書かれています。
①主題 : 0分00秒 ~ 0分56秒
★「主題と変奏」のうち、基本形となる「主題」が明示されています。憂いに満ちた第1楽章の主題と類似性のある旋律が採用されています。
②第1変奏 : 0分57秒 ~ 1分57秒
★第1の変奏は、チェロが主役となり、クラリネットおよび他の弦楽器は、伴奏にまわります。
③第2変奏 : 1分58秒 ~ 3分05秒
④第3変奏 : 3分06秒 ~ 4分20秒
★クラリネットが縦横無尽にかけめぐり、細かいパッセージを吹きます。
⑤第4変奏 : 4分21秒 ~ 5分41秒
★長調に転じて、響きが明るくなります。
⑥第5変奏 : 5分42秒 ~ 6分36秒
★最後に調性が長調に転じて勝利の雰囲気で終わる展開にはならず、ふたたび短調に帰り、諦観を強調していく変奏です。若き日のブラームスであれば許さなかった流れでしょうが、年齢もあり、あきらめの境地に心の安住の地を見出したかったのでしょう。ここでは拍子も変わり、ピチカートの伴奏もついています。
⑦コーダ(終結部): 6分37秒 ~ 8分21秒
★第1楽章の冒頭が再現され、全曲の統一をはかります。やがてクラリネット独奏が高音域を奏でたあとに、最後の部分で同じく第1楽章の終結部と同じ音型が現れますが、(第1楽章とはちがって)弦楽器のフォルテでいったん高揚し、そこで終わると見せかけておいて(8分05秒 ~ 8分09秒)、弦楽器が尾を引きながら、静かに閉じていく形になっています。
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◎第8曲目にあるのが、ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115 から、第4楽章になります。
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本来は柔和なクラリネットの音色も、ブラームスの手にかかったとたん、諦めの境地に至るような、憂愁を湛えた響きに様変わりしてしまいます。
ブラームスの『クラリネット五重奏曲』を聴くと、黛敏郎の『涅槃(ねはん)交響曲』を思い浮かべるという方も多いでしょう。
日本人の作曲家であった黛敏郎(まゆずみ としろう、西暦1929~1997)が書いた傑作で、仏教の寺院における鐘の響きを音楽化した『涅槃交響曲』(1958年作曲)は、東洋的な音響を通して世の本質を聴き取るような感覚が残ります。
黛敏郎の『涅槃交響曲』では、鐘の音をさまざまに表現したオーケストラ音楽と、僧侶(または僧侶の声明(しょうみょう)を歌う歌手)の人声とがたくみに織り交ぜられ、フィナーレでは煩悩の消えた涅槃の境地に至ります。
しかし、よく聴くと、相違点は、確かにあります。
ブラームスのクラリネット五重奏曲では、揺れ動く情念を抑え込んで最終楽章で諦めへと変転しています。
それに対して、黛敏郎の『涅槃交響曲』のほうは、冒頭楽章から最終楽章まで一貫して涅槃の境地をめざす表現をしていて(ただし、音響的には静かではなく、また男声での念仏のような声明も入るので、「涅槃」から連想される静かさよりはむしろ、真面目ながら賑やかな音色になっています)、このへんは、西洋の文化で生きたブラームスと、東洋の日本の作曲家であった黛敏郎のあいだで微妙な違いが存在していて、興味深いところです。
自然とのつながりよりも神とのつながりを重んじるキリスト教のような一神教の文明の影響下では、自然と断絶するゆえにかえって人心も不安定になり、したがって表面上は死後の天国を信じているにも拘らず、死に対する恐怖は意外にも大きなものになる傾向が強いようです。
しかし、仏教的な色の濃い日本では、西洋に比べれば、自然への愛着はまだ残っていて、死して自然に同化していくイメージが引き継がれているものと考えられます。ゆえに、完全な悟りの境地までは行かなくとも、死に対する抵抗感は、個人差やその人の宗教観や思想によって程度の差はあるものの、比較的楽に移行できるように感じます。
また、そのような東洋的な思想のほうが、よりアセンションを受け入れやすいのではないかと思います。ただ、「アセンション」という言葉をどう定義するかについては千差万別なので、一概には言えないところもありますが。
そうした微妙に違いはさておき、両作品とも、人生を深く考え、作曲者の個性にしたがって書かれた人類の至宝といえる傑作であることは事実でしょう。
さて、せっかくですからこの機会に、『涅槃交響曲』の最終楽章を、ここで、ご紹介します。
わずか5分程度です。
さまざまに分解された鐘の音を模したオーケストラ演奏を背景に、男声合唱で「おぉー おー おー・・・」との天台宗の声明が歌われて荘厳さを増していきます。
しかしそれは4分10秒で歌い収められ、煩悩の炎が消滅し、涅槃に到達したことを表す音型が、直後の4分11秒から現れ、消えるように終わります。
興味のある方は、上記のブラームスの曲と聴き比べてみてください。面白い発見があるかもしれません。日本人の書いた仏教的な交響曲という観点でも、楽しめると思います。
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◎第6曲目にあるのが、黛敏郎:涅槃交響曲 から、第6楽章(フィナーレ)になります。
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モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 から、第3楽章
さて、ブラームスの渋い五重奏曲のフィナーレを聴いたところで、このあたりで気を取りなおして、晴朗な曲調の作品をプラスアルファとしてご紹介してから、当記事を終わりにしようと思いました。
それは、西暦1788年にモーツァルトによって作曲された『交響曲 第39番 変ホ長調 K.543』から、第3楽章のメヌエットです。
当時はまだ新しい楽器だったクラリネットを交響曲のメヌエット楽章で独奏楽器として主旋律を担わせている意欲作です。メヌエットの中間部(トリオ)で、クラリネットの独奏が活躍する場面が、聴きどころとなります。
この交響曲について、作曲の経緯がはっきりしていないことから、長いあいだ、神秘的な解釈もされてきました。
たとえば、ひたすら美しい音楽を芸術の神々に捧げるために、モーツァルトはこの曲を作曲したのではないか、などと、言われたものでした。たしかに、そう考えたくなるような、とことん美しさを追求した、深みのある流麗な曲調が、全曲に一貫しているのも事実ではあります(おそらくは、どこかの劇場で演奏するために作曲されたと推測されるものの、決定的な資料に欠けているために、上述のような神秘的な説が唱えられたのでした)。
モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 から、第3楽章
演奏時間 4分29秒
曲の形式 : 三部形式
メヌエット
変ホ長調
①メヌエット(第1部) : 0分00秒 ~ 2分09秒
★堂々としたリズムのメヌエット主題が刻まれます。
②トリオ(第2部=中間部) : 2分10秒 ~ 3分20秒
★トリオでは、複数のクラリネットが主旋律を奏で、弦楽器がやさしくこれに応答します。
③メヌエット(第3部) : 3分21秒 ~4分29秒
★休止のあと、メヌエット主題が第1部より短く再現されて終わります。
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◎第3曲目にあるのが、モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 から、第3楽章になります。
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ここでの演奏を指揮しているのは、20世紀に活躍したイタリアの名指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニ(西暦1914~2005)です。この指揮者は、歌の精神に富み、通常、イタリア人の指揮者というとアップテンポを連想してしまいますが、それとは反対に、非常にゆっくりと各楽器を存分に歌わせるのが特徴でした。
ですから、演奏時間もとても長くなります。
たとえば、わたしの好きな作品『ブルックナー:交響曲 第9番 ニ短調』(西暦1896年、未完成のまま作曲者の死によって終わる。第3楽章まで完成)の第3楽章はブルックナーが死の直前に仕上げた最後の楽章となりました。
この第3楽章アダージョを、たとえば20世紀ドイツを代表する指揮者カール・シューリヒト(西暦1880~1967)の演奏(CD、1961年録音)では「20分16秒」と快速ですが、カルロ・マリア・ジュリーニの演奏(CD、1988年6月録音)では、なんと「29分30秒」と、約10分近くも長いものとなっています。
双方ともに、とても同一の音楽とは考えられないほど、印象が異なってきます。ときに、皮肉まじりに「ジュリーニの演奏は、本来であれば快速なはずのアレグロさえも、まるでアダージョのように(ゆったりと)聴こえる」と言われることがあります。
しかし、上記のカルロ・マリア・ジュリーニの演奏についていうと、そこに冗漫さはなく、一音一音に慈しみを込めた音楽に対するひたむきな姿勢と謙虚さを感じます。不思議と時間の経過を忘れて、聴く者がよい意味で音におぼれ、芸術の神々と時空をともにするかのような錯覚をおぼえるようです。
カール・シューリヒトの演奏も、20世紀中には名演中の名演とされた録音なのですけれども、ジュリーニの演奏と比べると、どうしても早すぎるように感じられて、聴き手が個人としての生活や時間の経過を忘れて音の世界に耽溺できないまま、演奏だけが過ぎ去っていく印象を受けてしまいます。ブルックナーの交響曲第9番は「時間の流れを忘れさせる音楽」という評を得ており、まさに、ジュリーニの音楽的個性にぴったりの作品だったのかもしれません。
ここでのモーツァルトの作品も、中間部トリオで、クラリネットの長所をいかんなく発揮させる指揮ぶりをみせています。
なお、近年では、このような巨匠型の指揮者は影をひそめました。それは、社会全体が没個性化に(闇の勢力の政策によって意図的に)向かわされていたことも一因でしょう。また、商業主義的にレコード会社側が売れ行きを考慮して、指揮者と事前に協議したうえで(指揮者個人の自発的な内面からの芸術的要請に基づくものではなくて)意図的に通常よりとても早く、あるいは遅く演奏させるケースも、あるでしょう。
そうした意味では、20世紀の指揮者による演奏は、たんなる懐古趣味を超えて、個性的な深い芸術的解釈がなされていたとも言え、いまだにそうした演奏のかずかずは、色あせることなく輝き続けていると言っても過言ではないでしょう。
まとめ
いかがでしたか? いずれの楽曲でも、のびやかなクラリネットの音色に癒されたのではないでしょうか。
はたしてアセンションが完了するのは、いつになるのか、気になるところですが、このような音楽鑑賞を続けながら感性を磨いていると、直観が冴えてきて、言葉ではうまく言い表せなくても、なんとなくわかる、ということも起きてくるでしょう。
無目的にその日を待っているだけでは波動も下がりますし、せっかくですから、在宅で音楽鑑賞会を私的に開催して、波動を高めておき、いつ訪れても大丈夫という状況設定にしておくのがよいでしょう。
移行する先は、魂の喜びに満ちた世界ですから、その予習という意味でも、音楽鑑賞は手軽で有益な方法といえるでしょう。
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