アセンションに向けて、スピリチュアル的に、二極化していく社会
- アセンションに向けて、スピリチュアル的に、二極化していく社会
- 二面性は前からあった
- スピリチュアル的にいう、ひとつめの二極化
- スピリチュアル的にいう、ふたつめの二極化
- スピリチュアル的な二極化を作った要因
- 家庭での二極化
- 職場での二極化
- 最近(西暦2022年4月時点)の二極化
最近、スピリチュアルを語る際によく耳にするようになった言葉として、
『二極化』というのがあります。
そもそも、何をもっての『二極化』なのでしょうか?
二面性は前からあった
ものごとを一つの側面から捉えるのではなく、ほかの立場から見るという手法は、本能的に多くの人が行っていることです。
この場合、必ずしも、その二つが相反する関係にあるわけではないので、
『二極化』
とは当然、定義としては質を異にするものです。
ある問題について、
「こういう面もあるけれど、それ以外にも、こんなふうにも解釈できますよ。」
という場合は、
『二極化』
ではなくて、
『二面性』
として定義づけられるべきでしょう。
それはほぼ無意識に、誰もが思い当たるふしがあることでしょう。
しかし、
『二極化』は以前から、元々あった、
という場合にも、誤解が含まれています。
それは、社会通念上、作られたかにみえる『二極化』のことです。
たとえば、『左翼と右翼』などの政治思想傾向は、社会をわかりやすく説明するのには必要な概念です。
が、実際に、民衆が、日に日に両極に分かれていく現象ではなく、あくまでも概念上の問題として、どちらを支持しているかを分析するさいに使用されるだけです。
それに対して、
スピリチュアル的に『二極化』という場合は、
人類の波動の傾向について、日ごとに、波動の違いが鮮明になっていく現象のことをさしていいます。
そして、そのスピリチュアル的な『二極化』も、大別して、2つの分類を示すことができます。
スピリチュアル的にいう、ひとつめの二極化
スピリチュアル的にいう、ふたつめの二極化
スピリチュアル的な二極化を作った要因
このスピリチュアル的な『二極化』の意識の分岐をもたらした要因とは、いったい何だったのでしょうか?
次に挙げる3つの要因のどれかにあてはまる、さとい人々が、ようやく世に現れてきたということでしょうか。
・戦後、ある程度の時間が経過したのに、「戦争がない状態」だけでは、幸福になれないことがわかり、スピリチュアルにめざめる人々が増えてきた。
・統計上では経済水準が向上しているのに、幸福感が得られないため、精神に幸福の源泉を求め始める人々が現れてきた。
・インターネット常時接続があたりまえとなった今日の状況でも、実際には幸福度はたいした変化がなく情報の洪水が氾濫を起こしているだけで、そこで満たされるどころか、かえって雑念が渦巻いてしまうことに気づいて、独自に真実を探求しなければならない現実の壁に突き当たった。
このような背景があったからこそ、人々は、真実を探求するために重い腰を上げて、スピリチュアル的に自立していくしかなかったのでしょう。
『ほかの動物と違って、必要に迫られなければ行動を起こさないのが、われわれ人類の特徴である』
と、海外の高名な動物学者が指摘していますが、まさに言い得たり、といった感があります。
しかし、気がついたときに行動を起こせばよいのであって、手遅れということにはならないでしょう。
そして、それは具体的には次のような社会環境の変化が近年起きているために、ますます加速の一途をたどるでしょう。
☆インターネット環境が整い、スピリチュアル情報が手軽に入手できるようになった。
☆核家族化、それに続く独居世帯の増加に伴い、家長権のある人の意見より、構成員各個人の意見で生きられるようになってきた。
家庭での二極化
家庭の同居人がみな、同じ価値観で生きられる人はごくまれでしょう。
まして、スピリチュアルの話になると、
1.信じる
2.信じない
3.無関心
と、おおまかに、3つの反応が想定されます。
これについては、ほかの問題でもそうですが、あくまでも独立した個人の判断によって決めるべきです。
家族が一丸となってアセンションしようとして、スピリチュアルを信じさせようとしないこと、または、スピリチュアルな話に全く関心を示さない同居人を無理に勧誘しないことです。
これは、その人の前世から引き継がれたカルマ(業=ごう)に関係して決められるので、いくら地球で親族だったとしても、人はみな、究極には、べつべつの世界にまた旅立っていくのが自然だからです。
ここは、われわれ人間にとっては不可知の領域に存在する問題として、自然の法則に任せることにしましょう。
あくまでも、各構成員が、自分自身の信じるところを生きてください、というしかありません。
職場での二極化
職場で、スピリチュアルな話が話題になることは、あまりないでしょう。
他人のうわさが、仕事上の伝言だったり、その他、じつに他愛のない会話ばかりではないでしょうか?
当然、業務に関係ない分野では、各人が独立した考えに基づいて行動してよいので、自分からスピリチュアルな話題を切り出さない人が圧倒的に多いと思われます。
さて、その反対に、職場のだれかに、スピリチュアルな話題を切り出された場合はどうでしょうか?
このようなケースでも、一括りにスピリチュアルといっても、その定義は個人の数だけ、違いが存在していることになりますから、できれば、当たり障りなく、社交辞令的に、表面的に合わせられるところだけは相槌を打っておいて、全体としてさらりとかわすのが最善でしょう。
自分自身のスピリチュアルな成長をめざしていくのに、そのような知人が職場にできても、かえってあなた個人の魂が成長していくときの妨げになる場合も出てくるパターンがあるからです。
相手に縛られず、そして、相手を拘束することなしに、波動を高めていき、そうしたあとにようやく、この世界が一変した後であれば、職場でも、対等な関係でスピリチュアルを語れる時も来ようものです。
ただし、いま「職場」と書きましたが、現在のような雇用関係は、めでたくも消失しているはずです。
太古の昔に、アヌンナキという宇宙人が作った奴隷制度の名残が、現在の日本の職場に見受けられていますので、これは、アセンション後には、奴隷制度自体が解体するために、「職場」という言葉さえ、死語と化す場面が接近しています。
このあたりの構造を知っているか、知らないまま過ごすかでは、将来は大きく変わってしまいます。
あなたの職場や上司がたまたま悪いという説明だけでは足りず、もっと深く掘り下げて、人類の創成期にかかわる重大な視点、すなわち、古代の宇宙人による作為を理解しなければ、せっかく3次元で得た知識や経験も、上滑りするだけになり、まさしく酔生夢死のごとく人生を駆け足で失っていくことになりかねません。
そのため、たんに転職をくり返したりしても、似たような環境の職場に再就職してしまったり、上司の異動または自身の異動に期待するだけでは、根本的な解決にならないのです。
アセンションを理解していれば、根本的な解決策が見えてきます。この世の構造自体に問題が含有されていて、スピリチュアルに探究していかないかぎり、地平線の向こう側に何があるのか、けっして感得できない仕組みになっているのです。
最近(西暦2022年4月時点)の二極化
最近(西暦2022年4月時点)のチャネリング情報では、「この1~2年が勝負の年」だと言われています。
勝負、というのは、勝ち負けではなく、ある人がアセンションするか、しないかを分けるポイントが到来するという意味です。
・コロナワクチンを打った人と、そうでない人
・表向きの情報をそのまま信じる人と、深読みできる人
・UFOが来たときに拒絶反応を示す人と、歓迎できる人
など、今後も、『二極化』は、あらゆる局面で進行していきます。
ぜひ、周囲の意見に惑わされず、アセンションが実際に迫ってきた場合に、オリジナルの意見を信頼して切り抜ける勇気があるのか、あなた自身に問うてみてください。
★ちなみに、西暦2022年4月時点で、当サイト訪問者は、1記事あたり、200~300名で推移してきており、それ以上は増えません。
また、年末年始には一時的にアクセスは増えますが、一見したのち、二度と訪問されないケースもあるように思えます。
最近の記事では、継続して訪問されている質の高い読者を当て込んで、「アヌンナキ」や「レプティリアン」「NWO(ニュー・ワールド・オーダー=新世界秩序)」などの用語を盛り込んだ記事を執筆しているため、新規訪問者の中には、これを見た時点で、「危険な陰謀論だ」と思ってしまい、離脱する場合もあるのではないでしょうか?
むろん、わたしの知るかぎり、これらは事実であり、「地球とは、宇宙で唯一の知的生命体である人間が頂点に立つ、素晴らしい世界である」という、一般人の自尊心を心地よくくすぐる社会通念は、残念ながら、幻想だったというのが結論です。
それゆえ、その中核をなす事実を記さないでは、アセンションの話題を展開できないことになってしまいます。
ですから、オカルトだと感じた訪問者が離脱して減ったとしても、ここは譲れません。事実を受け取る用意のできた方にだけ、受け取ってもらえればよいのではないか、と、そう考えている今日この頃です。
まさに、当サイトの読者層も、『二極化』にさらされているわけです。
この先、何を信じて、何を信じないかは、あなたしだいです。
日々のささやかな選択の積み上げで、あなたの未来は決まります。
そして、誤りに気づいたり、新事実を発見した時点で、いつでも、再出発することができます。
いつの日にか、こうした『二極化』が極限状況に達したとき、わたしたちは、見慣れぬ、しかし、感動的な光景がひろがる世界に、自身が存在しているのを見ることになるでしょう。
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