一人を生きる -希望の彼方に-

スピリチュアルな観点から、一人をどう生きるかを明るく愉快に、ときに真剣に語るブログです。

ブログは量産型?質で勝負か!?

 

 

 ブログを始める前は、流れ作業のようにこなしていけばよいと思うでしょうか。

 

 たしかに、それも一つの方法かもしれません。

 

 しかし、ただ毎日思いついたことだけを書いていては、やがて記事のネタが尽きてしまいます。また、読み手も、単調すぎて、離脱していくでしょう。

 

 

  

 今回は、【量産型ブログ】と【質で勝負のブログ】について、それぞれのメリット・デメリットを調べていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

1-1【量産型ブログ】のデメリット

 

一方通行である

 

 毎日更新型だと、話が一方通行になりがちです。

 

 また、書き手がグループではなくて一人で運営しているブログだと、どうしても人の長年のくせが出てしまい、同じ表現が多くなります。

 

 一方通行のブログは、読んでいて疲れます。

 

 書いている方は、よかれと思っているのでしょうけれど、ふつうの社会生活の中でも、相手の様子もうかがわないで一方的にしゃべり立てるのは失礼ですよね。

 

 やはり、2~3日かけて、内容を吟味したり、情報を追加したりする心の余裕を持ってブログを書いていきたいですよね?

 

 

 

 

愚痴が多い

 

 また、ときに愚痴ブログに出会うこともあります。でも、わざわざ、貴重な時間を割いてまで他人の愚痴を聞く奇特な方などは、あまりいないと思います。

 

 しかし、つい、毎日更新という目的が先行してしまい、たぶん書いている当人は無意識でやっているのでしょうが、知らずと書き手の心の闇が噴出しているブログが一部にあるのが事実です。

 

 これでは、せっかくブログを訪問してくださった方に恐縮です。

 

 有益な情報を探している読み手に、愚痴を聞かせるのは、あまりよろしくない。

 

 そう思います。

 

 

ブログ主も、加齢で厳しくなる 

 

 また、ブログ主にとっても、量産することによって、日常生活のバランスが崩れてしまい、結果として、ブログが行き詰まる危険を秘めてもいるのです。

 

 ブログ主も人の子ですから、人として、生きている部分ももちろんあります。というより、その部分で占められていると言っても過言ではないでしょう。

 

 でも、時間の許す限り、書きまくる姿勢は、ガツガツ外で雇われて働くのと何ら変わりありません。

 

 それに、若いうちは通用するかもしれませんが、アラフォー、アラフィフ、アラカン(”アラウンド還暦”を略して、アラカンと表すそうです)といわれる年齢になっても、そのような書き方をしていたら、ブログ主も、加齢でブログを書くこと自体が厳しく感じられるようになってしまい、苦しむでしょう。

 

 

 

 ・体力が落ち、夜中の作業の前に寝てしまう

 

 

 ・目の疲れで、パソコン画面を見られなくなる

 

 

 ・世間に伝えよう、という情熱が消えていく

 

 

 

 

 

 だから、記事を書きまくったからといって、輝かしい将来が約束されるわけではないのです。

 

 

 老後はゆるく生きたいな、と願っていても、ブログに闘魂注入しまくった結果、ボロボロになって、燃え尽き症候群みたいになってはお話になりませんよね?

 

 

 本末転倒です。

 

 

 

 

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1-2【量産型ブログ】のメリット

使命感、やりがいが芽生える

 

 ブログの書き手は、記事を量産しているうちに、ブログのファンが増えて、社会の役に立っているという使命感というか、やりがいのようなものが芽生えてきます。

 

 

 また、自分の意見を客観的に眺めることができるようにもなります。

  

 

 読み手からしてみれば、ああ、あの人の文体だ、とわかり、安心感が得られるメリットもあります。

 

 

 

 

 

 

www.hitoriwoikiru.com

 

 

 

2-1【質で勝負のブログ】のデメリット

意外にも、時間と、手間がかかる

 

 だれだって最初は、内容の濃い、長めの記事を書いてデビューしたいと願うもの。

 

 ですが、いざブログを書いていると、

 

 

「仕上げるのに、けっこう時間がかかるな、いや、時間だけじゃなくて手間もかかるぞ。」

 

 

という避けがたい現実に直面します。スタート時には、予想外の出来事です。

 

 目の前に相手がいて話をしているのであれば、いくらでも言い直しができますが、ブログの場合は、そうはいきません。

 

 的確に表現するためには、一定の手間と時間を投入しなければなりません。

 

 しかし、そういう状況でこそ、自分の内面を見つめ直すことができますし、手間と時間をかけた分、書き手が得るものも大きいかもしれません。 

 

 

忙しい読み手は、簡潔な内容を求める

 

 読み手も、忙しくて時間が無いときであれば、読むのが面倒と感じられるはずです。

 

 よって、そのような忙しい読み手に対してサービス精神を発揮するとしたら、

 

 

 簡潔な内容で、わかりやすく書く (冗漫にならない)

 

 

 この点に気をつけて書くべきではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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2-2【質で勝負のブログ】のメリット

バランス感覚が保たれる

 

 週に1~3回の更新だと、自身もじっくりと時間をかけて熟慮したり、うろ覚えの情報や数字を調べながら学習する機会を得られる。 

 

 このような姿勢で日常を送ることにより、情報のインプット・アウトプットの均整がとれ、比較的家に一人でいる時間が多いにもかかわらず、バランス感覚が現役時代とさして変わらない水準に保たれる気がしています。

 

 

 また、おまけとして、わたしはそこまで考えてはいないのですが、少し大げさな言い方をすれば、時空を越えて、価値のある記事を遺産として残せる点も追加するべきでしょうか。

 

 もちろん、”残す”ことを期待する場合、条件として、

 

 

有料の独自ドメイン(○○.com のようなもの)を毎年更新する

 

 

 という作業をしなければブログそのものがいずれネット上から消滅するケースも出てきます。

 

 なので、その場合は、なんらかの工夫が必要になってきます。

 たとえば、電子書籍などで内容を再構築して出版するなどです。

 

 

 

 

 

 

【まとめ】

 

質の高い記事を、毎日投稿

 

 

 極論は、「質のいい記事を、できれば毎日投稿していく」のが理想でしょう。

 

 

 ただ、納得のいく、きちんとした内容の記事を書こうとしたら、週1~2、もしくは、2~3記事に落ち着くのかと思われます。

 

 

 

 また、先に触れたように、パソコンの前で頭を抱えていただけでは、思い浮かびません。

 

 間口を広げるためにも、いろいろな活動に接して、適度の刺激があったほうが、好ましいでしょう。

 

 

 記事ばかりを書き連ねていると、その人の人間性が枯れてしまいかねない。

 

 人間も生き物なのですから、みずみずしい感受性を絶やさないでいる工夫が要ります。

 

 

 心に潤いを与えるためには、自分で創意工夫するしかないのですね。

 

 

 そのためにも、少しでもどなたかのお役に立てるようなブログを(ささやかなものでしかありませんが)定期的に更新していくことで、日々の暮らしに潤いとメリハリをつけてみようかと思っています。